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2012年1月23日 (月)

アダム・スミス『国富論Ⅲ』大河内一男監訳

第Ⅲ巻もいろいろな話題に触れられていて面白かったです。国家の収入と予算、とりわけ最後の方は税制と公債についていろいろな例をあげながら論じられています。

商業の発達が中世ローマ教会の絶対権力を滅ぼしたことや、歴史上公債の累積した国がそれを完全に償還した例はない、という指摘は色々と考えさせられます。なお、今のわが国の国債も結局は税金でどうにかするしかないというのなら、スミスの立場と変わらないかもしれません。

ただ、スミスの本は実際どれくらい読まれているのでしょうね。本書をしっかり理解しようと思ったら、背景知識として18世紀のイギリスおよびヨーロッパ経済史の知識がある程度必要でしょうし、それを本気で勉強しようとすると、経済史の専門家になってしまいかねません。

一方、前半の経済理論のところは理論として精密化を図る方向が当然考えられますし、実際そういう方向で理論の展開も見られるのですが、大学で経済原論なんかを学んで、比較生産費説なんかを理解した人は、あえてスミスを丹念に読んでみる気にはならないような気がします。憶測に過ぎませんが。

ところで、本書でスミスが触れていることですが、18世紀の若者の間で海外旅行熱が高まって、富裕層の若者たちは短くて半年から2~3年にわたってヨーロッパを旅して回っていたそうです(131頁)。今でもヨーロッパの学生たちは結構そうしてぶらぶらしている連中がいますが、そのとき以来の流れでしょうか。中世ドイツには放浪学生なんてのもありましたしね。

東大が入試制度をそのままにして秋入学になるのでしたら、入学前に学生たちは半年くらい海外を放浪するのも
いいのではないでしょうか。まあ、やっかむ人もたくさんいるでしょうけれど、その後の学習にいい影響をもたらしてくれると思います。

(中公文庫1978年816年+税)

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