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2012年1月25日 (水)

橋本治『橋本治という行き方』

橋本治の本は、何を読んでも慧眼が光っています。本書も、三島由紀夫について「ただ生きるためだけに必死になって原稿を書く作家」であり、「書くとは“人を生かす道”の模索なのだな」ということがわかってしまった(56頁)とか、「小林秀雄って、いい人でえらい人なんだ」とか、さらりと言ってのける大変な本です。

これを直ちに同意できる人が、インテリや学者よりも普通の人に多いだろうな、とか思いながら、「そうだよね、ほんとに」と思える人は、コアな橋本ファンになれます。

また、次のような説得力のある、やや長めの理屈を楽しめる人もそうです。

「別にスポーツに限らなくて、なんでもそうだけど、『自分のやっていること』は、あんまりたいしたことじゃない。『たいしたこと』というのは、『自分のやるべきこと』だ。『自分のやっていること』の向こうに『自分のやるべきこと』という一段高いハードルがあって、それを直視して、それを越えようとしないとだめだ。そこら辺を、昔の日本人は『神を見る』というように考えたんだと思う」(170頁)

こういうことって、こういうふうにしか言えない気がしてくるから不思議です。とにかく、私も私なりに「越えよう」と思います。

(朝日新聞社2005年1400円+税)

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