『世界の名著28 ホッブズ』永井道雄責任編集
昔、先輩が「ホッブズが予言の自己成就について語っている」と言っていたのがずっと耳に残っていました。たまたま現在社会学の教科書を書いていることもあって、もしそうなら社会学のテーマとしても面白いですし、該当箇所を探してみようと思い、この『リヴァイアサン』を読んでみました。
結論から言うと、そんな箇所は見つかりませんでした。聖書の預言者の「預言」はたくさん出てきましたが、それとは違いますし。先輩がたまたまどこかでホッブズ研究者が言ったことでも読んでいたのかもしれません。
でもまあ、そんなことでもなかったら本書は読まなかったと思いますし。結果として読書のきっかけになったのはありがたいことです。
どうも最近古典づいていることもあって、昔の先生や先輩が語っていたことを手がかりに読むことが多いのですが、やはり読んでみるとさすが名著と言われるだけのことがあり、二度目や三度目であっても新鮮な驚きがあります。と、同時に先生や先輩も結構いい加減なことを言ってっくれていたことがわかります。そもそも読んでいなかったんじゃないかということもありますし。
その点で恩師の故立石龍彦先生は本当に哲学者、思想家の勘所を見事にとらえた発言をされていたなあと、古典を読むたびに感心させられます。もちろん私もつねづねそうありたいと思って、先生のように必ずしもギリシア・ラテン語を含むすべて原典にあたれるわけではないですが、せめて翻訳ででもいいので、思想史事典などに頼らずに、名著を直接読んでから書くようにしています。
だから、カントの「カテゴリー」って「純粋悟性概念」のことだよねといったことが、ある種の確信を持ってつぶやけるようになります。つぶやいてどうなるかというと、怪しいおじさんになるだけです。ただ、ハッタリだけの人はすぐに見抜けるようになります。
ま、そうやって業界(学会)で仲間を自分勝手に減らしているのですが。
それはともかく、ホッブズです。
ホッブズって、フランシス・ベーコンの助手をしていたんですね。文章の明快さや語り口などに影響は感じられますが、あえて思想の方向は師匠と正反対にしようとしているところがあります。
方法としてはデカルトに近く、演繹的に語ります。まず明快に概念の定義から始めるところなどは、イギリスの思想風土からすると、実は結構反感を買うのではないかとも推測されますが、実際、論敵も少なくなかったようです。
人狼状態とか(言葉としてはオオカミさんは出てこないですね)、統治権力を国家に集約するリヴァイアサンの比喩など、政治学の教科書の出てくるところ以外では、独特の自然法論が面白かったです。それと、罪刑法定主義や違法性阻却事由の話など、法思想史的にはホッブズが最初に言い出したわけではないのでしょうけれど、重要な指摘が明快になされていて、へぇーっと感心させられました。このあたり後に調べてみる必要がありそうです。
後半の聖書解釈も合理的精神と信仰のバランスが上手くとれていて、なんとなく先輩の話から反キリスト教的な印象を受けていましたが、反教会、それも反ローマ教会的な姿勢であって、反キリストではないことがよくわかりました(国教会も嫌いだったとは思います)。むしろ真剣なクリスチャンだからこその言説で、あらためて好感を持ちました。
近代共和制国家の内在的論理を確認するためにも政治学や法学の徒にとっては読んでおくべき本ですね。私は今頃読んだわけですが、ま、それでもさらに年取ってから読むよりはましだということにしておきます。
(中央公論社昭和54年980円)
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