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2012年2月 9日 (木)

ライプニツ『単子論』河野与一訳

昔読んでさっぱりだった本ですが、今回読みなおしてみて、初めて意味するところがわかってきました。キリスト教の知識もある程度必要かもしれません。なにせ、神様からの愛を実感しながら書かれたような幸せ感に満ちた哲学ですから。これではあの皮肉屋のヴォルテールが揶揄するはずです。

「神が初めに精神又は他のあらゆる事象的一体を創造した際、その精神に生ずる凡てのことが、精神そのものから見ると完全な自発性に依っていながら而も外界の事象と完全な適合を保って精神そのものの奥底から出て来るような具合にしておいたのだと云わなければならない」(76頁)

難しい言い方ですが、人間の精神はまるで植物の種子のように神様によって仕込まれていて、植物の側からすると自由で自発的に成長している感じになっているというわけです。で、それはどんな種子かというと、「精神に類似し、一種の有機体と結合した、真の統一の原理」を含むようなもので、これがアリストテレスのいう「エンテレケイア」、ライプニッツが「単子」と命名したものです。

この単純な実体はそれ以下に分けることのできない最小単位で、これが合成されて物体を形作っているといいます。これは何かに妨げられない限り、お互いに調和するべくプログラミングされています。ライプニッツの哲学を「予定調和」と呼ぶのはこういう事情です。

といっても、単子ってそんな魂と物質が合わさった最小単位なんて、だれも見たことはありません。また「判明な表象を持ち且つ記憶を伴っている実体だけを精神と呼ぶ」(231-232頁)とか言われると、余計わからなくなります。でも、こういう仮説を立てるところが形而上学の真骨頂でもあるので、ま、いいんじゃないでしょうか。

そこから派生するからこそ、神の唯一性の証明や欠如としての悪の問題が出てくるので、あ、これは重要ではありますが、あっちの世界のことだなとわかります。キリスト教思想としてはよく理解できます。そのあたりは私は暗いのですが、後世に与えた影響も小さくなかったのだろうと思います。

それにしても、才能にあふれる明るい哲学者です。だからこそヴォルテールも茶化したくなったんでしょう。二流だったら茶化すに値しませんから。いずれにしても、読みながらヴォルテールの『カンディド』が何度も脳裏をよぎって邪魔しにきました。

カンディドの最後場面でのセリフは確か「自分の畑を耕そう」とかではなかったでしょうか。社会主義時代のポーランドで観た見事な舞台を思い出します。これはいろんな意味に取れるセリフですが、ヴォルテールもここは茶化そうと考えていたのではなかったような気がしました。ちょっぴり悲劇、ちょっぴり希望という感じでしょうか。ライプニッツとヴォルテールが舞台上で握手しているような気がした芝居でした。

現代人は体質的にアンチクライストで、おまけにわが国では宗教アレルギーが多いこともあって、ライプニッツの哲学は理解されにくいと思いますが、読んでおくと世界が広がると思います。本書は読み進めると理解が進むようにうまく編集されています。お勧めです。

(岩波文庫1984年550円)


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