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2012年3月 3日 (土)

ひろさちや『がんばらない、がんばらない』

「PHP文庫ワンコインフェア」とあって、ついつい買ってしまいました。そのあと古本屋に行ったら300円で売られていましたが、読んでよかったです。著者は仏教の考え方を手変え品変えいろいろな角度から平易に語ってくれます。

印象に残った話をいくつか挙げておきます。

中世インドの宗教哲学者の論争に触れて、神に救われる人間の態度が「猫の道」と「猿の道」の二つに分かれるという話です。母猫から首ねっこををくわえられて何もせずに救われてしまう態度と、母ザルに自分でしっかりと捕まって努力している小猿の態度で、結局は論争には決着がつかなかったそうですが、著者は面白いことを言います。すなわち、

「わたしは、順境にあっては『猿の道』を、逆境のときは『猫の道』を選ぶとよいと考えている。・・・逆境のときには、もがけばもがくほど苦しくなる。努力すればするほど、泥沼にのめり込む。そんなときは、仏の加護を信じてじっとしていたほうがよい」(131頁)

私も今年はどうやら八卦見によると「八方ふさがり」とのことですので、じっとしていることにしたほうがよさそうです。

ほかに「血眼になってする努力はいわば執念であって、仏教は不可としている」というのもいいですね。「仏教でいう精進は、ゆったりとした努力である。ゆったりと、そし着実な努力を続けることを、仏教は教えているのである」(137頁)

そうですよね。

人は正義にこだわるとしばしば「阿修羅」という魔のたぐいになります。そうならないためには、

「あなたは正義にこだわることをやめて、相手にほんの少しだけいたわりの気持ちをもつことだ」(159頁)

みんながこれをできるようになるといいんですけどね。

(PHP文庫2011年476円税別)

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