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2012年3月13日 (火)

長谷川三千子『正義の喪失 反時代的考察』

著者のアダム・スミスやマルクスのユニークな解釈が気になっていたので、再読しました。とりわけ第5章の「ボーダレス・エコノミー批判」は必読です。

ボーダレス・エコノミーという言葉は最近あまり聞かれませんが、近代市場経済の暴力性を表す言葉です。市場の暴力というのは、人間を大地=自然の秩序から切り離し、欲望のかたまりにしてしまうことで、アメリカ大陸での2000万人に及ぶ原住民大虐殺なども当然含みます。

この力は当初から国境を越えて波及しましたから、いまやボーダレスといわれても当然という感じがしますが、そこで見失われてしまう問題をあえて拾い上げるところが著者の真骨頂です。

著者はこうした問題に最初に気がついたアダム・スミスやマルクスの著作中の表現を丹念にたどり、彼らが見過ごした問題や、無視した問題、あるいは当たり前に考えて疑おうともしなかった前提自体の抱える問題について、ひとつひとつ謎を解くように考察していきます。

この精密な読解力はさすがに哲学畑の人だけのことはあります。哲学を専門にする人はわが国にもたくさんいますが、著者のように精密な読解力と考察力を兼ね備えた人はそうはいません。

それにしても、今日「無構造な空間」(236頁)としての姿を現した、タガの外れた市場経済の力は、今後どこに向かっていくのでしょう。5章追記にもあるように、全世界の実体経済の額は1日500億ドルから1000億ドルの水準であるのに対して、マネー経済の取引量はその10倍以上の1兆ドルから1兆5000億ドルなのだそうです。

このお金がヘッジファンドによって大量に出し入れされたら、ギリシアに限らず、世界中の国民経済の多くはひとたまりもなく破綻してしまいます。これからこのマネー経済にどう対処していくのでしょうね。

(PHP文庫2003年648円税別)

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