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2012年4月30日 (月)

渡部昇一『人は老いて死に、肉体は亡びても、魂は存在するのか?』

死後の魂が存在するかしないかという問題は、「存在しない」方に賭けると、魂が残ったときにばつの悪い思いをするだけでなく、下手をすると自暴自棄になっていたかもしれない前世に悔いを残します。しかし、「存在する」方に賭けると、魂が残ったときに「やっぱりね」ということになりますし、残らないときには後悔しようがありませんので、まったくリスクのない賭けということになります。

これはパスカルが言っていることで、著者はこれに感銘したのがきっかけで大学在学中にカトリックになったそうです。今まであまりご自身の信仰については語られなかったのですが、なるほどそういうことだったんですね。そして、この賭けを著者流に言い換えると、

「本当は信じずに、精神的な充足感のない平凡な人生を送るか、信じることによって、精神的に、より満足や喜びの得られる生活を送るのか、どちらに賭けるのか、という問いなのです」(47頁)

ところで、あの世や魂といえば、スピリチュアリズムが知られていますが、本書によれば、これは聖書中心主義をとって聖母マリアや聖人信仰をやめてしまったプロテスタントが、それらに代わる霊魂の問題への通路として生まれてきた思想なのだそうです。

ほかにも、ウォレスやトマス・アクィナスやアレクシス・カレルの思想の霊魂や奇跡についての考え方が紹介されていて、興味深いのですが、何より、著者自身の次の言葉が印象的でした。

「私自身がそうですが、魂の存在を信じ、霊魂は不滅だと考えれば考える程、また、死後の世界もちゃんと存在すると信じれば信じる程、自分の生きている日々に、安心感が湧いてきます。そして、もっと楽しく、心躍ることは、ソクラテスも言っているように、霊魂が存在すれば、死後の世界で、あの懐かしい人にも会えるかも知れないということです。考えただけで、ワクワクしてくるはずです」(219-220頁)

確かに、亡くなった家族や友人あるいは先生に会えると思うと楽しいですし、ソクラテスやプラトンにも会えるものなら会ってみたいものです。そのためにもこの世でできる限りたくさんいい経験を積んでいって、冥土の土産話にしたいものです。

(海竜社2012年1500円+税)


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