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2012年4月23日 (月)

内田樹『街場の読書論』

いつもながら絶好調の内田先生です。大学を辞められて、ますます快調なのではないでしょうか。体感的に腑に落ちるのが内田流テクストの醍醐味ですが、本書もいろいろと深く納得させられることがたくさん書かれていました。以下印象に残った箇所を挙げておきます。

・「おそらくは[日本の]批評家たち自身が『どうすれば自分は他の人間よりも知的に見えるか』という競争に熱中しているので。自己顕示にも自己治癒にもかかわりのない知的営為が存在しうるということがうまく理解できないのだろう」(35頁)

・学ぶ(ことができる)力に必要なのは、
 第一に、「自分は学ばなければならない」というおのれの無知についての痛切な自覚があること。
 第二に、「あ、この人が私の師だ」と直感できること。
 第三に、その「師」を教える気にさせるひろびろとした開放性。
 この三つの条件を一言で言い表すと、「わたしは学びたいのです。先生、どうか教えてください」というセンテンスになります。(287-288頁)→この一言が口にできないことが学力低下に関係しているというのは、納得です。

・講演会などで問題行動を起こす人は例外なく身体が硬いということ。「公共性と新体制は相関する」(360頁)→確かに学生もそうです。そういえば身体が柔らかい不良って想像しにくいですね。

・「『言論の自由』は『そこにある』ものではない。私たちが身銭を切って創り出すものである。(372頁)→ぼんやりしていると自分たちで勝手に規制をかけ合ってしまいます。わたしももう少しその点を意識しながら発言することにします。職場の空気がどんどん悪くなってきていますので。

あらためて勇気と元気が湧いてきました。カンフル剤みたいな本です。

(太田出版2012年1600円+税)

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