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2012年4月13日 (金)

マックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』大塚久雄訳

昔分冊で出ていたときに読んで以来の再読です。今回読んだものは一巻にまとまって大塚久雄1人の改訳版として出ています。以前よりも訳文が読みやすくなったような気がします。かつての専門学校の教え子の1人が本書を読んで「ヴェーバーってすごいですね!」と感動していたことを思い出します。優秀かつ感性豊かな学生でしたが、若くして故人となってしまいました。残念です。

本書の論理はアクロバチックですが、説得的という不思議なもので、このとりこになる人は少なくないです。ヴェーバー大好きという社会科学者は驚くほどたくさんいます。この論理とうねるような文体が魅力の秘密です。こんな感じです。

「最初は世俗から去って孤独の中に逃避したキリスト教の禁欲は、世俗を放棄しつつ、しかも修道院の内部からすでに世俗を教会の支配下においていた。しかしそのばあい、世俗的日常生活のおびる自然のままでとらわれるところのない性格を、概してそのままに放置しておいた。いまやこの禁欲は、世俗の営みの只中に現れ、ほかならぬ世俗的日常生活の内部にその方法意識を浸透させ、それを世俗内的な合理的生活—しかし世俗によるでも、世俗のためでもなく—に改造しようと企てはじめたのだった」(288頁)

こんな感じで、修道院内の禁欲が世俗の中に定着していき、勤勉さへとつながるというストーリーが展開するわけです。この瓢箪から駒と、風が吹けば桶屋が儲かるという理屈を行ったり来たりするようなところが何とも面白いんです。

ただ、資本主義が生まれるのはいいとして、これが今みたいに脆弱なシステムに見えながら、実はかなりしぶといという世界経済の現状にどれくらい有効かなあと思うと、あらためてゾンバルトのいう「恋愛と贅沢」といったような視点もあっていいという気がします。

あと、禁欲と合理的経済行動が、再投資に向かう必然性というのは、そもそもはっきり書かれているわけではありません。蓄えたお金をもっと蓄えて墓場まで持っていこうとする人も出てきたりします。

マネー資本主義なんてウェーバーだったらどんな説明をひねり出してくれるのかと想像をめぐらせるとなかなか楽しいものがあります。

(岩波文庫1992年699円)


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