トッド・バーポ、リン・ヴィンセント共著『天国は、ほんとうにある 天国へ旅して帰ってきた小さな男の子の驚くべき物語』』
虫垂炎が悪化し、生死の境をさまよった4歳の男の子が無事回復したとき、天国に行って帰ってきた話をするようになります。そこでは神やイエスに会い、曾祖父やかつて流産でなくなった姉にも会います。
こういうことって、あるんですね。無邪気に見てきたとおりに語られると、天国もあるんだろうなと思わされます。それならそれで、今このときをいつも大切に生きなければいけませんね。また、あの世も死後の魂も否定する人なら、なおさら今生きているこのときを大切にしなければならないので、あの世について考えることはどう転んでも人生にプラスなります(ということは近日刊行予定の拙著『権力の社会学』にも書いておきました)。
さて、この子のお父さんは牧師さんですから、男の子の語る天国と聖書の記述との符合がいたるところに出てきます。それはそうとして、非信徒の人にとってはイエスは出てくるのかどうか、日本人としては興味があります。
浄土真宗では阿弥陀如来が門徒をあの世へ抱きかかえるようにして連れて行ってくれると教えていますが、どうなんでしょう。私の場合はイエスにもお会いしたいのですが、そのときになると阿弥陀さんが迎えに来てくれそうな気がして仕方ありません。
ま、こういうことは実際に死んでみなければわかりませんが、この子によれば、天国でも人びとは剣や弓を持ってモンスターと戦い、最後には勝利するのだそうです。天国って幸せなばかりの場所でもないようで、妙に感心させられました。
印象深かったのは、この男の子がイエスの十字架上での死についてこう説明するところです。
「えっとね、イエスが言ってたけどね、イエスが十字架の上で死んだのはね、そうすればぼくたちがイエスの父さんに会いに行けるからだよ」(190頁)
これには牧師の父もびっくりで、この子のセリフは「私がこれまで耳にした中で、一番わかりやすく、一番やさしいイエスの教えだった」(191頁)と言わせています。
また、この子の両親は息子の経験から次のようなことを学んだと言います。
「強くいること、自分以外の人を祝福することは、もちろん良いことだと思う。だけど、弱くなることにも価値があると学んだのだ。自分たちのために誰かにたくましくなってもらうこと。自分たちのことを誰かに祝福してもらうこと。それは、結果的に、その人たちを祝福することにもなるのだから」(252頁)
なるほど。苦労した両親だけのことはあります。確かにこれは大切なことですが、自助努力の国だけに、なかなか気づくのが難しいことでもあります。みんなこれに気づいて楽になりましょうよ。
(青志社2011年1500円+税)
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