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2012年6月15日 (金)

八木雄二『天使はなぜ堕落するのか 中世哲学の興亡』

私の哲学史的知識は特に中世が欠落しているので、教えられることばかりでした。本書は見事に中世の思想家たちの思索の足跡がたどれるようになっています。

中世哲学には日本との歴史や文化の違い、キリスト教、イスラム教といった様々な理解の壁があって、翻訳があるからといって読んでもなかなか理解できないところがありますが、本書はそうした壁のひとつひとつにある扉を丁寧に開けて、壁の向こう側の世界を解説してくれます。

何と言っても、文章に著者の声とリズムが感じられて、実に読みやすいです。この手の本はすべてをお見通しの大家が立派に手堅い学術論文的翻訳的文体で書くものだという先入観がありましたが、本書はその手のものとは対極にあります。

これは著者が中世の哲学者たちの書物を本当にしっかり理解しながら読み込んでいる証拠だと感じます。わかっていなければこんなにうまく書けませんし、それぞれの思想家たちに対する謙虚な姿勢を保つこともできないだろうと思います。

本書でアウグスチヌスやトマスだけでなく、アンセルムス、アヴェラール、アヴィセンナ(イヴン・アル・シーナー)、オリヴィ、ドゥンス・スコトゥス、オッカムといった思想家たちに親しみが感じられるようになって来ました。

結局、みんな根本的なことを考えていたという点で、中世と言えども他の時代と変わらないわけで、近世哲学の華々しい展開から不当に貶められてきた感じがします。

しかし、こうして、「考える」ことに適性のある著者のような研究者(わが国では稀有な存在だと思います)の手によって、中世の哲学者たちが正当に評価されるのは、ほんとうに素晴らしいことだと思います。

ちなみに、こういう書き方をお手本にすれば、ハンガリーの法思想史も一般読者に向けて書き直すことができるような気がしてきました。少し勇気を分けてもらった気になっています。

本書をきっかけに、著者の他の本はもちろん、長らく積読状態になっているジルソンの中世思想史関連著作を読んでいこうと思います。

(春秋社2009年4800円+税)

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