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2012年7月30日 (月)

榊博文『社会心理学がとってもよくわかる本』

社会心理学をゆえあって少し勉強しておかなければならないことになったので、この「イラストで見る! 優しい心理学入門」というシリーズを買いました。著者の先生を知っているからということを差し引いても、実にわかり易く丁寧に書かれた本です。

タダトモミさんのイラストも、内容をよく読み込んで多少ひねりを加えてある秀逸なもので、本書の理解を深めてくれます。

社会心理学は昔、アロンソンのSocial Animal のハンガリー語版を読んで、面接試験を受けた記憶がありますが、身近な人間行動から、様々な心理メカニズムを抽出し分析する手際の鮮やかさが印象的でした。

あくまでプラクティカルで、心理実験の結果を尊重する研究手法は、アメリカの学問の優れた特徴を集めたようなところがあります。

本書もおそらく最新の研究成果や膨大な心理実験結果のエッセンスを手際よく、門外漢にも飲み込めるように紹介してくれます。使い方によっては悪魔の知識にもなりうるノウハウもありますので、カルト宗教やキャッチセールスから身を守る方法も紹介されています。心づかいが行き届いています。

今、まちづくりや里山再生、林業再生、環境保全といったテーマで、市民と企業と大学をつなぐ動きに関わっています。その際の説得や交渉ごとのヒントも本書から得られます。時々読み返して確認しておくつもりです。

ちょっとした演劇的構造をもつ社会問題ですが、悲劇に終わらず、大団円を迎えられるよう尽力したいと思っています。

(東京書店2008年1400円+税)

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2012年7月26日 (木)

島田裕巳『浄土真宗はなぜ日本で一番多いのか 仏教宗派の謎』

仏教諸宗派の歴史と概要がわかる便利な本です。神話や伝説を排除し、客観的な事実を公平な視点からまとめてくれている良書です。

廃仏毀釈の影響の大きさや天台宗の成立と伝承の順序のねじれ、あるいは天台本覚論に「草木成仏」の考え方があることなど、一般にはあまり知られていないトリビアな知識が挟み込まれていて、いろいろ勉強になりました。

本書の「はじめに」にあるように、統一的な観点から、諸宗派について解説を加えた書物というのは意外にも類書がありません。買って読んで損はないと思います。

タイトルの浄土真宗については、著者は「他力本願の教えなどは、あまりにシンプルであるがゆえに、近代社会における信仰のあり方としては、必ずしも十分な思想性を備えているとは言い難い」(230頁)と見ていて、宗派の外のインテリから高く評価される面はあるにしても、宗派内部の思想としては弱いという評価を下しています。

どの宗派も今日葬式仏教として、葬儀に密接に関係している以上、団塊の世代が世を去ったあとに、本格的な檀家制度と宗派それ自体の危機が訪れるだろうと言っています。そうでしょうね。どうなることやら。

(幻冬舎新書2012年760円+税)

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2012年7月25日 (水)

上橋菜穂子『流れ行く者 守り人短篇集』

「守り人」シリーズ全10巻の番外編短篇集。女用心棒バルサが13歳の頃、養父ジグロとともに暮らした日々の出来事や、後の呪術師見習いで幼馴染のタンダの暮らしぶりが描かれます。渋い短篇集です。

全10巻読んだ後なので、主要登場人物と物語の背景はおなじみですが、あの長いお話しの中に、このようなエピソードが入っていて当然だろうなという気になります。

この短篇集では新たに賭事師の老女アズノという魅力的なキャラクターも登場します。承認の護衛に雇われた用心棒たちの世界も、人間社会の群れからはぐれた存在として、例によって見事なリアリティーを与えられています。

13歳のバルサはこの頃から大変な強さを見せていますが、後に超人的な強さを獲得することになる直前の様子が描かれています。何と言っても13歳ですから。

昨夜電車の中で本書の迫力ある活劇シーンに夢中になっていて、最寄り駅を降りそこねてしまいました。おそるべき本です。気をつけなければいけませんね。

今年の2月に出た短篇集の第二弾もそのうち入手して読みます。

(偕成社ポッシュ2011年900円+税)

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2012年7月24日 (火)

上橋菜穂子『狐笛のかなた』

いやー、これもスリリングでドキドキさせられる小説でした。異界とつながる著者独特の物語世界が十分に堪能できます。日本の民俗学的素材もうまく活かされています。

若い読者を想定したファンタジー小説ということもあるのでしょうけれど、血にまみれたおっかない権力闘争をを下品にならずに美しく描けるところがすごいです。

内容に触れるとネタバレになるので、控えますが、宮部みゆきの解説の言葉に、

「本書は『物語なんて、みんな都合のいい作り話じゃないか!」と考えている子供たちのための物語です」(382頁)

とありますが、そうなんです。ありえるかもしれない話を、驚くべきリアリティをもって描き出すという魔法の世界なのです。おそるべし上原ワールドです。

文庫版で読みましたが、挿絵のついている単行本も欲しくなってしまいました。

(新潮文庫平成18年590円税別)

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2012年7月22日 (日)

菊地成孔+大谷能生『M/D マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究 上』

伝説の東大ジャズ講義の続編にあたりますが、内容はマイルス・デイヴィスの個別研究を詳細に展開したものとなっています。講義内容に相当な書き込みが加えられ、本書は特に菊地成孔色の強いテキストとして見事に練り上げられています。

かなり難しいことも書かれている箇所もありますが、文章に勢いがあるために、決して読むのに難儀しません。ジャズのアドリブのように、少しくらいわからない音があっても全体として何を言いたいのかを聴けばいいからです。

ジャズの歴史をひとりで背負った感のあるマイルスですが、その生い立ちから電子楽器を取り入れる直前までが本書上巻で取り扱われています。ジャズだけでなく、その他の同時代のサブカルチャーとの相関関係の中で、マイルスの創造性を浮き彫りにすることに成功していて、本当にお見事の一言です。

また、著者が二人とも現役の音楽家といいうこともあり、創造の現場からの視点が光っています。単なる口先だけのジャズ評論家とは違います。たとえば、

「ジャズの演奏中に価値の変化は必ず『誰かが最初に、恣意的に仕掛けて、それを他者が受信し、しかるのち、合意して変化がやってくる。あるいはやってこない』という、時間を伴った『取引の現場』を、演奏は開示しつづけている」(446頁)

というところなどです。これは実際に演奏をしていないと、なかなかわからない表現だと思います。

また、濱瀬元彦さんによるチャーリー・パーカーの発言の分析で、「あるセヴンス・コードに対して、適切な展開を施して関係するメジャー・コードを割り出したら、そのメジャー・コードの5度をフラットさせて演奏すればいいんだ」というところは、なるほど、と腑に落ちました(すみません、ここ、専門的で。自分の覚書として書き留めておきたいもので。濱瀬さんの本も入手しなくては)。

下巻も楽しみです。

(河出書房新社2011年1400円税別)

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2012年7月21日 (土)

内田樹『街場の文体論』

フランス現代思想をここまで身体に染み込ませて理解した人は著者の他にいないんじゃないでしょうか。すごい本です。

創造的な文章を書くことをテーマにしながら、バルトやラカンといったフランス現代思想のエッセンスも体得できるようになっているという、読者にとって実にフレンドリーな本になっています。

私も1980年代にフランス現代思想は結構目を通しましたが、単純に「嫌いだなあ」で済ましてしまっていました。著者は、フランス思想の難解さや鼻持ちならない思想家たちの態度も含めて、それがなぜなのかについて納得のいく説明してくれます。

要するに彼らは読者を最初から知識人に限定して「わからなかったら読まなくていいよ」と言っていたわけです。それは読者としても嫌になって当然ですね。これをありがたがって、内容はわかっていなくてもその態度だけを引き継いだ日本人研究者なんてのが、これまた少なからずいるんですね。結局生産的なことはできないので、どうでもいいですけど、学会なんかで威張っていると、迷惑ではあります。

そうした日本の研究者の宿痾について、実に印象的なことが書かれていました。

「受験勉強の勝者になるということを知的達成のモデルに擬した人は、いつのまにか、「自分以外のすべての人ができるだけ愚鈍かつ怠惰であることを無意識のうちに願うようになる。学会での論争を見ていると、それが集団的な知のレベルを上げるためになされているのか、目の前にいる人の知性の活動を停滞させるためになされているのか、わからなくなるときがあります。論争相手を怒鳴りつけたり、脅したり、冷笑したりする人は、彼らを含む集団の集合的な知性を高めることを本当にめざしているのか」(270-271頁)

当然目指していないわけです。

「今僕たちのまわりに行き交っている言葉の多くは『届く言葉』ではありません。『査定を求める言葉』でさえない。『自分を尊敬しろ』と命じる言葉です。ほんとうに。世の中には一定のパーセンテージで『頭のいい人』がいます。でも、そういう人たちの話していることは、コンテンツはいろいろですけど、メタ・メッセージは一つだけなんです。それは『私は頭がいい。私を尊敬しなさい』です」(287頁)

これ、本当にそのとおりです。学会なんかうっとおしくてやりきれなくなります。で、そんな連中はまさに他人の愚鈍と怠惰を無意識のうちに願うような輩ですから、実はその呪いを自分も受けていることになるんです。

著者のいうように「論争相手を怒鳴りつけたり、脅したり、冷笑したりする人」は実際いるんですけど、そう言う人に限ってしょぼい仕事しかしていなかったりします。自分自身を文字通り呪縛しているんですね。ご愁傷様です。

この態度は実はわが国だけではなくて、欧米諸国の若者にかつて蔓延していました。フランシス・シェーファーはそうした現代思想にかぶれて、傷ついた若者の避難所をスイスに作っていたくらいです。欧米でもこの呪いが行き渡り、最近ではインテリがみんな愚鈍で怠惰になってしまっているのかもしれません。思想界はどこも低調に見えますから。

いずれにしても、著者は絶好調です。著者には、みんなで頑張れる国にしましょう、というメタ・メッセージがあるからだと思います。私も著者にあやかって頑張ることにします。

(ミシマ社2012年1600円+税)

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2012年7月19日 (木)

『林達夫著作集4 批評の弁証法』

この巻は著者の書評や比較的短いエッセーが収録されています。おそらくは初出の時点で字数も限られていた中で、十分に言いたいことが言ってのけられていて、感心します。

思想家の思索の微妙なあやを見事に捉える表現力はもとより、口の悪さと皮肉の切れ味の鋭さは、同時代人の多くを震撼させたのではないでしょうか。

それと同時に、その決して品が悪くならない語り口の美しさにしびれた人も少なからずいたはずで、実際、私の師匠や先輩もその口でした。昔からダメ学者を批判するときなんかの言い方には共通のものを感じていました。

ただ、こうしていま読み直してみても、やはり個人的にはどこかしっくりこないところがあります。おそらく、著者にどこか自己完結的なところがあって、世界の謎に立ち向かうといった哲学的思考の姿勢が希薄だからではないかと思われます。

著者本人はあえてそんな野暮なことを避けていたように思われますが、そういうことができて当然なくらい能力の高い人であっただけに、どこか物足りない気がします。あるいは本人の批評能力が高すぎて、思索・創作の邪魔になったのかもしれません。

残りの二巻を読みながら、そのあたりのことももう少し考えてみるつもりです。

(平凡社1971年)

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2012年7月14日 (土)

『林達夫著作集3 無神論としての唯物論』

林達夫の書いたものは昔からしっくりこないと言いながら、著作集の3巻目に入りましたが、ここまで読んでようやくその理由が少し分かって来ました。

著者がときには自身を「戦闘的無神論者」と定義して、多くの文献にあたりながらキリスト教思想史を批判的に解読していくのは、1930年代には稀有な仕事だったと思われます。一般読者だけでなく、知識人の中でも、西洋の各国語で書かれた文献を駆使しながらキリスト教の存在意義を批判的に考察するというのは、林達夫以外にはできる人はいなかったといっていいかもしれません。

ただ、他の無神論者の例に漏れず、あえて神を否定する立場というのは、「ひょっとしたら存在するかもしれない神というものが本当に存在してもらっては困る」という形で、神に対する強烈な関心があることを示しています。

多くの一般的日本人はそういう形ではなくて、もっとキリスト教に限らず、宗教一般についての正確な知識を得ようとすらしない「無宗教」とか「やまと教」(ひろさちや)という民俗宗教の信者です。

その意味でも著者のスタンスはかなり屈折していて、信仰の中心にある善き人間性の存在は知っていながら、あるいいはそれだからこそ、現存する宗教的権威の欺瞞は舌鋒鋭く糾弾します。しかし、それと同時に、宗教を単なる時代遅れの迷信のように考える科学万能主義的な態度にもまた厳しく批判的になります。

つまり、著者はマルクス主義を含む科学万能主義に対する狂信的宗教の匂いも嗅ぎ取っているのです。それで、たとえば「マルクス主義芸術学の第一人者フリーチェがこの点でアカデミック・フールにも劣る学問的無能力を示している」(260頁)というようなことをさらっと書いたりするわけです。

もっとも、著者はこれだけ西洋思想の中心に近いところの文献を渉猟し、読み解いていくことの出来る人ですから、当然ながら、西洋の哲学思想がキリスト教の神との緊張関係の中で培われてきたことも知り尽くしているはずです。

それならば、思想が生まれてくるドラマをもっとスリリングに描くことができるはずだと期待するのですが、著者はそこをあえて避けているのではないかと思われるくらい、著作の中で原理的考察をしないのです。

実際に著者が言っているわけではありませんが、「西洋の読書人には当然の常識だからね」という感じで、核心についてはさらっと流されてしまいます。読者としてはストレスがたまるところです。

しかし、それはそうとして、精神史的な叙述スタイルはかなりおしゃれですし、ヨーロッパの北方的文化と南方的文化の違いに目を向けるなど、着眼点の面白さは光っています。本書第2部の「三つの指輪の物語」などは、比較文学の論考として大変見事なものです。

著作集は残り三巻ありますが、ここで投げ出さずに最後まで読んで、できるだけ多くの事柄を学びたいと思います。

(平凡社1971年1,000円)

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2012年7月11日 (水)

群ようこ『ヒヨコの蠅叩き』

著者の本で、古本屋で未読のものを見つけると、すぐに買ってしまいます。読むといつもそこはかとなく元気になってきます。

内容は1999年に書かれたもので、著者が45歳の頃です。昔、『ノストラダムスの大予言』がベストセラーになった頃、著者は高校生か大学1年生くらいの年だったそうで、そのころ、

「四十五歳か。相当なばばあだな。もうその年齢になったら、やりたいこともみーんなやってしまっただろうから、人類が滅亡してもいいや」

と思っていたそうですが、

「ところがいざ自分がその年齢になると、やりたいことなど何もやっていないことがわかって、こっちのほうが人類の滅亡よりも恐ろしいくらいである」(241頁)

とあります。若い頃はたしかに45歳なんて人生の終幕に近いところに立っている立派な大人という感じがしましたが、自分がそうなってみると、中身はなんでもないし、ろくでもないガキのまんまでした。まったくほめられたもんじゃない。

私はノストラダムスの大予言で世界が滅亡するなんて騒がれていた頃、小学校6年だったのですが、やはり著者と似たようなことを感じていました。ただ、なぜか「そのときに備えて体を鍛えておこう」なんて考えていた覚えがあります。地球が滅亡するならどうあっても生き残れないのにねえ。

著者のエッセーはいつもほぼリアルタイムで読んでいて、自分よりも数年年上の女性の書いたものという印象があったので、こうして古本で読むと、少し違った感じがします。45歳なんて若い、と思ったりする自分自身が50を過ぎたおっさんですからね。

エッセーの中で二人で十数人の不良をボコボコにした中年オヤジの話とか、著者がエロ話をしてくるタクシー運転手に二の句が継げない様な言葉で逆襲するところとか、痛快で笑える話が満載です。

著者の友人が、著者を評して、「中身は狼」と言っているわけが少しわかる気がします。そこが滅法面白いんですけどね。

(文春文庫2002年448円+税)

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2012年7月10日 (火)

山岸俊男『「しがらみ」を科学する 高校生からの社会心理学入門』

ちくまプリマー新書は高校生ぐらいの若者を対象にしていますが、大人でも特に気にせず読めると思います。少なくとも橋本治や内田樹の本がそうでしたが、本書もまたそうです。

とりあえずこれから社会に出ていくことになる高校生向けに語られてはいますが、実は高校というか、学校がすでに社会だという見方を示しながら、個人の心性だけからは解明できない人間の集団性、社会性について、優しく説明してくれます。いい先生ですね。

様々な人間関係の「しがらみ」や思い込みが「自分は自由だ」と思っている人びとを気がつかないままに縛っている状況もよくわかります。

著者は阿部謹也などの議論を受けて息苦しい「世間」から抜けて「社会」をつくり、そこで生きることを提唱します。

「世間をうまく生きられないなら、社会で生きるようにすればいい」(185頁)

「世間で生きるのが苦手で、まわりの人たちの気持ちにうまく自動的に反応することができないなら、そんなことはあきらめて理論を使えばいい。社会をちゃんと理論的に理解して、そこで働いている原理を使って、『社会』で自分がどうしたらいいのかを考えるって手です」(184頁)

引きこもりがちな若者だけでなく、しがらみだけにとらわれて現状を変えようとしない大人たちにも、ぜひとも味わってほしい言葉です。

(ちくまプリマー新書2011年780円+税)

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2012年7月 9日 (月)

上橋菜穂子『天と地の守り人』[第三部]

ついに10巻読了。物語は無事完結しました。最初の『精霊の守り人』から見事に全部つながったお話でした。よくまあこんなスケールの大きい、そして、細部まで作りこんだ物語を書けるものだと感心させられます。

合戦のシーンも怪我の治療のシーンもリアルで、ぞっとさせられますが、実際にお医者さんに聞いてみたり、様々な戦記を読んだりして積み重ねられた知識から紡ぎ出している描写のようですね。ふだんから相当いろんなことに好奇心をもって取り組まれているのだと思います。

それにしても、つくづく、チャグム皇太子のいる新ヨゴ皇国は日本に似た成り立ちの国です。国際政治の中での状況も含めて、現在の、そして、今後の日本を考えていく上でのモデルとしてシミュレーションしてみる価値があります。

わが国はいまだに皇室を祭祀長とする神話的世界の中で、流行り物好きの踊らされやすい従順な国民が、本人としては自立した民主主義的体制の中で個性的かつ無宗教的に生きていると信じ込んでいます。素直で勤勉なところもありますが、柔軟ではありません。それから、ケチ。お金の使い方がヘタ。

もうちょっと何とかならないかと思いますが、自分のことは見えないものなんですよね。その点で、こういう本を読むと案外気付かされることもあるんじゃないかと、つい期待してしまいます。

あと、言葉の問題として、「他人事」には「たにんごと」ではなく「ひとごと」と、「大地震」には「だいじしん」ではなく「おおじしん」とルビを振ってほしかったと思います。今や誤用ではないようですが、趣味の問題として。

それにしても素晴らしいお話でした。さしえもすばらしいですが、これを子どもに読ませておくだけではもったいないと思います。

(軽装版偕成社ポッシュ2009年900円+税)

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2012年7月 7日 (土)

上橋菜穂子『天と地の守り人』[第二部]

第二部では再会したチャグムとバルサがお互いに助けあいながら、見事に難局を乗り切って、難しい政治的交渉に成功します。物語の最初では11歳だった皇太子チャグムは、ここに来て急激に成長して、16歳にして政治的責任を担うまでの人物になってきます。

戦国時代ではわが国でも16歳といえば、数え年で17~18ですから十分大人でしたから、まあ、ありえることですが、ここまで適切な政治的判断が下せるというのは、これはぜひとも一つのモデルケースというか、政治的思考の教材として政治家志望の人には読んでもらいたいものです。

それにしても、松下政経塾なんかでは何が教えられているんでしょうね。正心誠意の出典を勝海舟として平気なところをみると、四書五経の教養は皆無だということがわかります。三国志もゲームしかしたことがなかったりして。かといって、西洋的な教養もあるようには見えませんしねえ。困ったものです。

それはそうと、いよいよ最終巻に入ります。大団円となりますでしょうか。

(軽装版偕成社ポッシュ2008年900円+税)

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2012年7月 6日 (金)

上橋菜穂子『天と地の守り人』[第一部]

守り人シリーズの最後のお話は3部構成です。本書はその第1巻で、皇子チャグムと女用心棒バルサの物語の流れがここに来て合流します。これまでの印象深い登場人物たちも物語に徐々に合流しながら、それぞれの国同士の対立・抗争も緊迫の度合いを増してきました。

添えれぞレの国も個性的で、アメリカみたいな制服・侵略大好きな大帝国もあれば、祭政一致の宗教国家もあり、損得勘定だけで動く実利的な国もありで、さらにそれぞれの支配層の間の複雑な利害関係もきっちり書き込まれていて、いやー、これから一体どうなっていくのでしょうね。

物語の中ではチャグムの属する新ヨゴ皇国が、一番日本に近い感じです。鎖国して全国民が玉砕覚悟で戦闘態勢に入ろうとするところなんか、そのまんまですね。チャグムもかなりのお人好しですし。

物語には、そんな国が生き延びていくためのヒントも散りばめられている気がします。全部読んだらまた書きます。

(軽装版偕成社ポッシュ2008年900円+税)

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2012年7月 5日 (木)

松田健『テキスト現代社会学』

社会学の標準的なテキストとしてお勧めできる本です。社会学の可能な限り多くの分野に目配りがなされていて、文章も平易で丁寧に解説されています。

著者はまえがきで、ご自身の社会学の授業に適切と思われる教科書がなかったので、ご自分で書かれたとのことですが、確かに社会学の教科書はなかなかしっくり来るものがありません。

その中では本書は著者の意図通り、例外になる教科書だと思われます。社会学と社会問題を理解するための基本書たりえる内容です。

時々ヒューマニスティックすぎてゆるい記述もありますが、できるかぎり対立する意見を取り込んで両論併記がなされているところも好感が持てます。

また、英語を中心とした専門用語がしっかり記述され、索引も充実しているので、将来国際的に活躍する人のためにも役立ちます。これは類書のない画期的な試みです。

大学三年次編入で、社会学を専攻したいという学生の指導をしようと思っているところで良書に巡り合えました。早速学生に紹介します。

(ミネルヴァ書房2008年2800円+税)

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2012年7月 4日 (水)

上橋菜穂子『蒼路の旅人』

平和な小国の皇子チャグムが皇帝である実の父親に疎んじられ、権謀術数に巻き込まれていく中で成長を遂げていきます。これに続く『天と地の守り人』全3巻の序章にもなっています。

物語の最後にチャグムがとった決断は見事で、「蒼路」とはこういうことでもあったのかとわかります。ネタバレになってはいけませんので、これくらいにしておきますが、それにしても、ここまで壮大なスケールの物語世界を圧倒的なりりティーをもって描き上げる著者の力量には驚かされます。

著者はアボリジニ研究が専門とのことですが、きっとそれ以外にも様々な民族誌や資料、民俗資料に触れているのでしょう。しかし、そこからこの物語世界をつくり上げるのは、やはり豊かな才能のなせる技なんでしょうね。

それはともかく、早く次を読まなくちゃ。チャグムはこの先どうなっていくんでしょう。バルサはどこで出てくるのかとか、気になって仕方ないです。おそらく次の3巻では、これまでの様々なプロットもつながってきて、きっと夢中で読んでしまうことになりそうです。

(偕成社2008年945円税込)

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2012年7月 2日 (月)

三浦しをん『神去なあなあ日常』

いやー、面白かったです。著者の小説は映画や舞台化されているものが少なくないですが、これもいずれ映画またはアニメになりそうな気がします。

本の帯にはあの宮崎駿が文章を寄せていて、アニメ化しようか、いやそれとも実写版の方か、と心が乱れると書かれていました。いやー、これはこの際是非とも宮崎アニメにしてほしいものです。

神去(かむさり)とは架空の地名で、三重県の美杉村や、あるいは尾鷲の方の深い森の中で林業に携わる人たちが出てきます。

徹底して取材を重ねて書く著者らしい小説で、異様な悪人が出てくることもなく、しかし、しっかり盛り上がりのあるお話になっています。巨木を切って谷間の村まで滑らせるお祭りのシーンはいいですね。このあたりやっぱりアニメがよさそうです。

林業は実際、食べていくのが大変で、農業とともにあと20年もしないうちに後継者不足で廃れきってしまうのではないかと危惧されますが、ここでコミュニティデザインを含めて、里山と森林の保護育成をうまく社会に根付かせ、産業として成立するように持って行けば、まだなんとかなると思います。

そう思って、これから新たなネットワークづくりに力を注いでいきたいと考えています。まだ手探り状態ですが、すこしずつ点と点が繋がりつつあります。ジョブズが言っていましたよね、ドットがつながるって。あれって本当ですね。面白いようにつながることがあります。そちらの進捗状況についてはまた何かのかたちでお知らせします。

(徳間書店2009年1500円+税)

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