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2012年7月21日 (土)

内田樹『街場の文体論』

フランス現代思想をここまで身体に染み込ませて理解した人は著者の他にいないんじゃないでしょうか。すごい本です。

創造的な文章を書くことをテーマにしながら、バルトやラカンといったフランス現代思想のエッセンスも体得できるようになっているという、読者にとって実にフレンドリーな本になっています。

私も1980年代にフランス現代思想は結構目を通しましたが、単純に「嫌いだなあ」で済ましてしまっていました。著者は、フランス思想の難解さや鼻持ちならない思想家たちの態度も含めて、それがなぜなのかについて納得のいく説明してくれます。

要するに彼らは読者を最初から知識人に限定して「わからなかったら読まなくていいよ」と言っていたわけです。それは読者としても嫌になって当然ですね。これをありがたがって、内容はわかっていなくてもその態度だけを引き継いだ日本人研究者なんてのが、これまた少なからずいるんですね。結局生産的なことはできないので、どうでもいいですけど、学会なんかで威張っていると、迷惑ではあります。

そうした日本の研究者の宿痾について、実に印象的なことが書かれていました。

「受験勉強の勝者になるということを知的達成のモデルに擬した人は、いつのまにか、「自分以外のすべての人ができるだけ愚鈍かつ怠惰であることを無意識のうちに願うようになる。学会での論争を見ていると、それが集団的な知のレベルを上げるためになされているのか、目の前にいる人の知性の活動を停滞させるためになされているのか、わからなくなるときがあります。論争相手を怒鳴りつけたり、脅したり、冷笑したりする人は、彼らを含む集団の集合的な知性を高めることを本当にめざしているのか」(270-271頁)

当然目指していないわけです。

「今僕たちのまわりに行き交っている言葉の多くは『届く言葉』ではありません。『査定を求める言葉』でさえない。『自分を尊敬しろ』と命じる言葉です。ほんとうに。世の中には一定のパーセンテージで『頭のいい人』がいます。でも、そういう人たちの話していることは、コンテンツはいろいろですけど、メタ・メッセージは一つだけなんです。それは『私は頭がいい。私を尊敬しなさい』です」(287頁)

これ、本当にそのとおりです。学会なんかうっとおしくてやりきれなくなります。で、そんな連中はまさに他人の愚鈍と怠惰を無意識のうちに願うような輩ですから、実はその呪いを自分も受けていることになるんです。

著者のいうように「論争相手を怒鳴りつけたり、脅したり、冷笑したりする人」は実際いるんですけど、そう言う人に限ってしょぼい仕事しかしていなかったりします。自分自身を文字通り呪縛しているんですね。ご愁傷様です。

この態度は実はわが国だけではなくて、欧米諸国の若者にかつて蔓延していました。フランシス・シェーファーはそうした現代思想にかぶれて、傷ついた若者の避難所をスイスに作っていたくらいです。欧米でもこの呪いが行き渡り、最近ではインテリがみんな愚鈍で怠惰になってしまっているのかもしれません。思想界はどこも低調に見えますから。

いずれにしても、著者は絶好調です。著者には、みんなで頑張れる国にしましょう、というメタ・メッセージがあるからだと思います。私も著者にあやかって頑張ることにします。

(ミシマ社2012年1600円+税)

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