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2012年10月31日 (水)

Kertész Imre: Sorstalanság - filmforgatókönyv

ハンガリーのユダヤ人作家、ケルテース・イムレによる2002年ノーベル文学賞受賞作品『運命ではなく』の映画台本です。映画は2005年に制作されました。10月26日には日本語字幕のDVDも「フェイトレス ~運命ではなく~」として発売されたばかりです。
映画はこのところ、大学で上映会を企画したり、授業で見せたりしたので、都合二回観ました。いい映画です。14歳でナチの収容所に送られた著者の実体験を元にした作品です。
辛い映画ですが、不思議なことに、決して重たくはありません。小説の翻訳も国書刊行会から出ていて、刊行当時読むには読んだのですが、細部を忘れていたこともあり、映画は新鮮でした。
著者自ら手がけたこの脚本を読んでみると、映画化にあたってもかなり忠実に著者の書いたことが映像化されています。
とはいえ、いくつかのシーンはカットされているのか、そもそも撮影されていなかったのか、映画にはありませんでした。「僕はもう怒ることができないんだ」という主人公の少年のセリフは、収容所から帰国する途中で知り合った大人の言葉でもあります。
私がハンガリーでお世話になった年長の友人も収容所に入っていた経験がありました。いろんな人の思いと、ハンガリーのユダヤ人社会の空気も含めて、まとめて伝わってきます。
小説もそのうち読み返すつもりです。

(Magvető 2001, 1790Ft)

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2012年10月29日 (月)

キャロル・ダヴリス&エリオット・アロンソン『なぜあの人はあやまちを認めないのか ― 言い訳と自己正当化の心理学』

そういう人、多いですね。いやになるくらいたくさんいます。自分の想像と現実が違ったとき、現実をねじ曲げようとするのは、イソップ童話の「酸っぱいブドウ」でおなじみですが、自分可愛さのためだけに、眼の前にあるブドウそのものさえ存在しないことにしてしまうのが、人間の愚かなところです。

本書は人間の自己正当化の欲望が事実をねじ曲げるという実例をこれでもかというほど挙げています。政治家の言動はもとより、新興宗教の外れた予言や宇宙人に誘拐された人の話、強引な取り調べによる冤罪、テロやジェノサイドの心理や、結婚生活の亀裂など、およそ考えられる限りの認知的不協和の実例がとりあげられます。
それはもう、「自分は悪くない」と責任逃れをしようとした途端に誰にでも忍び寄る心の働きで、よほど用心していないと同じ轍を踏むことになります。
しかし、この罠にはまりつつあるなと意識するだけで、状況はかなり改善されるはずです。その意味でも本書を読んでおく意義は十分あると思います。自分のことはひとまずおいて、これを読んでほしい人がたくさんいますね。誰とは言わんけど。
ただ、問題は、本書を読んで反省してもらいたい人ほど、本書が自分のことを言っているとはつゆほどにも思わないタイプだというところにあります。
本書はあやまちを認めることの効用として、まず周囲から勇気ある心の広い人と認められること、次に、自分自身が晴れやかな気持ちになれること、そして、周囲の人から今まで以上に愛されるようになるということが挙げられています。
今いやーな人たちも、どうぞ一刻も早くそうなってください。そうすればすべてはよい方向に向かいます。
翻訳、ときどき意味を取りにくい文章があります。ショアーやチャルダーニは一般的な表記にすべきだと思います。日本語として商品にするときの問題です。編集チェックが甘いのでしょう。
さて、このあやまちを翻訳者と版元は認めてくれるでしょうか。
(河出書房新社2009年2200円+税)

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2012年10月24日 (水)

群ようこ『ヒガシくんのタタカイ』

幼いときに両親が離婚し、その後新しい母と姉ができ、なんだか妙な家族を作りながら少しずつ大人になっていく中学3年生ヒガシくんの日常が描かれます。

ヒガシくんはジャニーズ系の美少年なので、女子生徒にもモテます。幼稚園からのエスカレーター式の学校に行っているので、のんびりと優しい性格に育っています。
心を許せる友人のクラタくんは小学生の時はデブだったのに、中学に入ると格闘技と筋トレに燃え、どんどんマッチョになっていきますが、ヒガシくんは何をやりたいわけでもなく、好きなサッカーも観戦する方に回って、部屋で飼い犬と一緒にゴロゴロしています。
この年頃の中学生や高校生たちの様子が、作者はどこで見てきたんだか、非常にリアルに描かれます。新しい母や姉の様子はもちろん、例えば、口ひげをうっすら生やして鼻毛が見え隠れするおばさんとか、どうでもいいような人についても人物描写が見事です。作者は日頃からとことん人間観察してるんでしょうね。
ヒガシくんを捨てた実の母親もこっそり会いに来たりして、平穏無事そうな人生も結構波乱があります。こんなふうに何気ないようでいて面白い小説って書けるんだなあと、感心させられます。
私は個人的にはクラタくんのような自己鍛錬系に親近感を覚えます。友だちとして結構頼れるいいやつです。自分自身、ジャニーズ系ではないですしねえ。
(角川書店ハルキ文庫2002年495円+税)

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2012年10月22日 (月)

群ようこ『ひとりの女』

身長170センチ、45歳、独身の玩具会社課長が主人公です。会社のアホな同僚や上司たちと闘いながら、やりたい仕事をやっていく姿は爽快です。

小説の中で次の箇所が印象に残りました。主人公セノマイコの心理描写です。
「課長に昇進したときも、喜びと云うよりもとまどいのほうが大きかった。ところが男性の場合は、仕事もそうだが社内で昇進したいという野望を持つ人も多い。それが男性というものなのだろうが、明らかにマイコに筋違いの敵意を持つ人もいる。そういうのに限って、自分では何もせずに、文句ばかりいっていじけたり、嫌味をいったり、ありもしない噂を流したりもした」(91-92頁)
いるいる。職場にはそんなのばっかり。仕事、できないんですよね、そのタイプ。職場だけじゃなくて、学会なんかにもいますねー。まったく魑魅魍魎だらけです。
小説にはちゃんとクライマックスが用意されていて、笑えます。よくできています。読み終わるとちょっとこちらも元気が出てくる小説です。
(集英社文庫2007年476円+税)

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2012年10月14日 (日)

田中成明『現代法理学』

議論の正確さと目配りの良さに感心させられっぱなしの本でした。法理学(法哲学)の教科書として理想的です。

前著『法理学講義』が大幅に書き改められたとのことですが、議論がより精密に展開されているのはさすがです。同じ著者ですから、思想の展開には既視感はありますが、更に広く関連書学問に目配りがなされていて、大学を退職されても知識欲が衰えていないところは、わが国の学者には珍しいタイプではないでしょうか。
法理学や法哲学は法科大学院でも講座が開かれていて、カリキュラム上でも重要な位置づけがなされていますが、こういう本を読んでおくと、法解釈学や実務においても将来どこかで役に立つような気がします。
著者の「対話的合理性」を柱にした思想的立場は大変納得の行くもので、法哲学の主流となるべき立場だろうと思いますが、この対話的合理性をもっと哲学的に突き詰めた議論も読んでみたい気がします。とりあげる話題ももっと一般的なもので、いわゆる哲学書として展開してもらえると、一読者としては嬉しいですが、ご本人はかなりそのあたりではストイックな感じもしますので、無理かもしれませんね。
(有斐閣2011年4,400円+税)

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2012年10月10日 (水)

菊地成孔+大谷能生『M/D マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究』(下)

長い時間かかってようやく下巻まで読み終えました。みっちり書き込まれて読み応えのあるマイルス研究でした。他の音楽ジャンルやファッションのような異分野との関わりマイルスを論じるという方法が新鮮で、こうやって論じられてみると、見事な説得力があります。

個人的にはマイルスの晩年に日本とブダペストでそれぞれ公演を聴いたことがあるのですが、日本で不愉快そうにしていたマイルスが、ブダペストでは踊りまくる観客を前にめっちゃごきげんだったのが印象的でした。
そのあたりの事情も本書を読むことで、手に取るようにわかります。なるほどそういうことだったのですね。観客には深刻な顔をして聴いてもらうのではなくて、踊ってもらうほうが嬉しかったのでしょう。日本の聴衆は真面目すぎかも。
個人的には、まだ聴いていない晩年のアルバムもこれから本書を手引きとして、少しずつコレクションに加えていくつもりです。
それから、著者たちの東大ジャズ講義シリーズは、今後は必読文献として学生たちにも紹介していきたいと思います。
(河出文庫2011年1400円+税)

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2012年10月 4日 (木)

浅川芳裕『TPPで日本は世界一の農業大国になる ついに始まる大躍進の時代』

タイトル通りのメッセージですが、決してあえて逆説を唱えるキワモノ本ではなくて、きっちりとした根拠に基づく主張です。はたして読んでみると、説得力抜群でした。

まず、TPPというのは大平正芳首相による1978年の「環太平洋連帯構想」により、どこの国よりもまず日本が先導してきたことなのだそうです。実際、この路線で農業の発展を経験してきたのがオーストラリアやニュージーランドですから、自由化した国から儲けているという事実がある一方、日本の自由化率の低さは際立っています。
これを自由にして、今まで農業を守るふりをしながらわが国の農業の発展を阻害してきた農水省と農協の支配から脱することで、農業は大発展するというのが著者の主張です。
比較生産費率(リカード)からみてもまったくその通りですし、わが国の農業技術の水準の高さは他国の追随を許さないほどのハイレベルにあるのですから、著者の言うことには誰しも耳を傾けざるをえないと思います。
一読に値する本です。これから著者の他の本も読んでみます。
(KKベストセラーズ2012年1500円+税)

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2012年10月 3日 (水)

髙山正之『変見自在 日本よ、カダフィ大佐に学べ』

週刊新潮でいつも著者の連載コラムだけ立ち読みしているので、その罪滅ぼしに、新刊が出ると買うようにしています。しかし、まとめて読むと改めて驚かされることが多々あります。

著者の書くものは、海外のニュースを正確にフォローして、きっちりと歴史的に理解しているところが、他の評論家たちと違うところで、これは語学力と情報処理能力が並外れているか、他のエラソーな評論家が実は勉強不足なのかのいずれか、あるいは、そのいずれもなのでしょう。
なにせ、複雑怪奇な国際情勢や歴史が数行でたちまちのうちにわかるんです。シーア派とスンニー派の違いなんて、そのへんの専門家よりも端的にわかりやすく語ってくれます。
で、いつも、へぇーっと感心させられるのが客観的な事実の指摘です。アメリカ上院公聴会記録などから正確な数字を上げてこられると、イデオロギー的な立場のいかんにかかわらず、まずは認めざるを得ません。
フィリピンのサマール島で米軍の小隊が襲われて30人が殺されると、米軍は報復にその島と隣のレイテ島の島民数万人を皆殺しにしました。
「米軍に抵抗する者はゲリラとみなし、その家族も協力者として殺された。米軍は4年間で20万人を殺したと米上院公聴会に報告している」(31頁)。
また「ペリーは浦賀に来る前に那覇を占領し、艦隊基地にして小笠原諸島を測量に行き、米国領を宣した」(42頁)というのも、本書で初めて知りました。その当時日本も清も異議申し立てなんかしなかったんでしょうね。できなかったでしょうけれど。アメリカが沖縄にこだわり続けるのにも理由があったんですね。ハワイみたいに取れると思ってたんだ。
また、アメリカでは18世紀まで魔女狩りをやっていた(92頁)とか、国営中央電視台(CCTV)の東京支局はNHK社屋の中にあり、寄宿するスペースからスタッフの面倒までNHKがみな負担している(95頁)とか、語学屋に過ぎない明石康のとんまで下品なコメントの紹介など、まー、いろいろ驚かされます。面白かったです。
(新潮社2012年1400円税別)

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2012年10月 1日 (月)

西加奈子『ふくわらい』

すごい小説です。主人公をはじめ一風変わった登場人物たちがつくり上げる物語世界の鮮烈な印象と、爽快な読後感というのは、ちょっと言葉になりません。

いつも思いますが、こんな微妙な事柄や意外な材料から見事な小説世界が紡ぎだされてくるんですね。ふくわらいと作家と編集者と冒険と人肉食と雨乞いとプロレスと白杖って、既視感がまったくない世界なのですが、これがなんとも恐るべきリアリティーに満ちています。言葉の力はすごいとあらためて感じさせられます。

こんな作家はなかなかいません。いつも驚かされますし、次の作品も楽しみです。

(朝日新聞出版2012年1500円+税)

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