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2012年10月29日 (月)

キャロル・ダヴリス&エリオット・アロンソン『なぜあの人はあやまちを認めないのか ― 言い訳と自己正当化の心理学』

そういう人、多いですね。いやになるくらいたくさんいます。自分の想像と現実が違ったとき、現実をねじ曲げようとするのは、イソップ童話の「酸っぱいブドウ」でおなじみですが、自分可愛さのためだけに、眼の前にあるブドウそのものさえ存在しないことにしてしまうのが、人間の愚かなところです。

本書は人間の自己正当化の欲望が事実をねじ曲げるという実例をこれでもかというほど挙げています。政治家の言動はもとより、新興宗教の外れた予言や宇宙人に誘拐された人の話、強引な取り調べによる冤罪、テロやジェノサイドの心理や、結婚生活の亀裂など、およそ考えられる限りの認知的不協和の実例がとりあげられます。
それはもう、「自分は悪くない」と責任逃れをしようとした途端に誰にでも忍び寄る心の働きで、よほど用心していないと同じ轍を踏むことになります。
しかし、この罠にはまりつつあるなと意識するだけで、状況はかなり改善されるはずです。その意味でも本書を読んでおく意義は十分あると思います。自分のことはひとまずおいて、これを読んでほしい人がたくさんいますね。誰とは言わんけど。
ただ、問題は、本書を読んで反省してもらいたい人ほど、本書が自分のことを言っているとはつゆほどにも思わないタイプだというところにあります。
本書はあやまちを認めることの効用として、まず周囲から勇気ある心の広い人と認められること、次に、自分自身が晴れやかな気持ちになれること、そして、周囲の人から今まで以上に愛されるようになるということが挙げられています。
今いやーな人たちも、どうぞ一刻も早くそうなってください。そうすればすべてはよい方向に向かいます。
翻訳、ときどき意味を取りにくい文章があります。ショアーやチャルダーニは一般的な表記にすべきだと思います。日本語として商品にするときの問題です。編集チェックが甘いのでしょう。
さて、このあやまちを翻訳者と版元は認めてくれるでしょうか。
(河出書房新社2009年2200円+税)

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