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2012年11月30日 (金)

島田裕巳『神も仏も大好きな日本人』

そっかー、大好きだったんだ。言われてみてなるほどです。私も好きかもしれません。明治時代に神仏判然令が出るまで、鳥居も鐘も同居していたんですから、少なくとも仲は悪くなかったはずですが、廃仏毀釈運動以来、その痕跡まで期してしまったところが多くて、かつての姿を思い浮かべるのも困難になっているということが、本書によってはっきりと分かりました。

著者は、神仏習合の意義を、仏教が「神社の神域のなかに浄土を見出した」ところにあるといいます。

「仏教は神道の力を借りてはじめて、その信仰の目的となる浄土をこの世に出現させることに成功した」(94−95頁)

この見方は私にとって新鮮でした。さらに「そこに密教の右中間が関係を持つことによって、より複雑で壮大な宗教的世界が形成されていった」(140頁)とも言います。

昔から神社仏閣を見て、あるいは様々な宗派の葬儀を見て、護摩を焚くことの意味とか、疑問に思っていたこともいろいろと説明してくれています。

著者は神仏分離という事態が、日本人の多くが自己の信仰について「無宗教」と答えることに大きな影響があったと見ています。そうかもしれませんね。私は個人的には無宗教的な態度もひとつの宗教だと思っていましたが、神仏習合が二つに改めて引き裂かれたことによる「無宗教」だったという考えは、大変興味深いです。

著者の主張を念頭に置きながら、また神社仏閣そして仏像を見てまわると、いろいろ理解が深まりそうです。

(ちくま新書2012年760円+税)

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2012年11月28日 (水)

田崎晴明『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』

タイトル通りの本です。

看板に偽りありません。
正確な科学的知識が必要な人は読むといいです。
恐れすぎず、安心しすぎず、放射線への対処を学ぶのに
本書は最適の本だと思います。
私は本書を読んで、安心できるところもあり、
まだまだわからないところもあって
油断はできないと思うところもあり、
まあ、普通の読者ではないかと自分では思っています。
放射線について、著者は、

この困難な時期に何よりも大切なのは、「気にする自由」と「気にしない自由」をお互いに尊重し合いながら、最良の未来を目指していくことだと信じている。(120頁)

と述べています。
本当にそのとおりですね。
本書はネットでもダウンロードして読むことができますが、
買って読んでください。
そうすれば、次に状況が変化した時にも
著者は素早く対応してくれると思うからです。
こうした言論こそは読者が支えなければ。

(朝日出版社2012年1000円税別)

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2012年11月26日 (月)

野崎昭弘『はじまりの数学』

昔、専門学校の公務員受験指導で知能問題を教えていたことがありますが、とりわけ判断推理って数学なんですね。オイラーの定理とか出てきます。結局のところは、解法をパターン化して暗記すれば、ほぼ反射的に問題を解くことができるようになるのですが、数学が得意だった先生に聞いてみたら、結局受験数学は暗記物だよとのお答え。ふーん、そうだったんだ。

著者はもちろん、暗記ではなくて、考えることの重要性を強調します。著者が強調したいことは、

(1)大事なのは知識ではなくて、考える力である。
(2)考えるのは楽しいし、わかればうれしい。
(3)数学を学ぶことは、人間が陥りやすい「直観の誤り」を防ぐのに役立つ。

ということで、これに加えて「数学が苦手でも、がっかりすることはない」(186頁)とも付け加えています。数学嫌いを安心させてくれます。

もちろん数学の本なので、考えさせる問題は適度に含まれています。分量もちょうどよくて、これを解けなくても数学が嫌いにはならないくらいな程度です。

ギリシャ以来の数学の歴史的知識も面白くてためになります。中学生の娘のためにと思って買ったつもりでしたが、思えば娘は数学は好きなタイプでした。結局自分のために買ったことになります。

そうそう、判断推理が苦手な公務員受験生は一度手にとってみるといいかもしれません。

(ちくまプリマー新書2012年780円+税)

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マルコム・グラッドウェル『急に売れ始めるにはワケがある―ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』高橋啓訳

流行が突然せきを切ったように起こる瞬間をティッピング・ポイントといいますが、本書の原題がそれです。著者は様々な科学の成果を取り入れながら、社会が動く瞬間に光を当てています。

大勢の人が動き出すまでには、人びとと情報を媒介する「コネクター」、情報に通じて説明好きな「メイヴン」(通人)、それに、情報自体のストーリー性などの「粘り」、行動の環境になる「背景の力」、流行の種を見出す「イノベーター」、行動の模範になりうる「セールスマン」といった人や要素が必要です。

それぞれが役柄を持った芝居の登場人物のようでもあります。ハッシュパピーやエアウォーカーの流行について、あるいは性病や暴力の「感染」についての分析も見事です。

社会心理学やネットワーク理論の研究成果、実験結果もうまく活かされていながら、論文臭くならず、一般読者向けに平易かつスリリングに話を展開でっきるところは大変参考になります。

私の勤め先も何かのきっかけで入学者が増えるといいんですけど、どうなることやら。全体に斜陽業界ですからね。

訳文は特に日本語として引っかかるところがなくて良いと思いますが、文庫本という制約のためか、注釈が一切無くて参考文献をたどるのが難しくなっています。同著者のOutliersは今半分くらいまで読みましたが、こちらの方は文献注がしっかり出ています。本書も原本にはおそらく注釈があるはずだと思います。いずれにしても、原書を注文して確認してみます。

ちなみにOutliersは翻訳がかなりひどいとのことなので、このまま原書で読んでしまうつもりです。英語の勉強にもなりますし、ま、いっかという感じです。こちらも傑作です。そのうちここに感想をアップします。

(ソフトバンク文庫2007年780円+税)

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2012年11月23日 (金)

アザー・ガット『文明と戦争』(上)

ルソーの社会契約論では、文明化されていない人間の原始的な自然状態は、戦争など存在しない穏やかなユートピアであったと仮定されていました。この仮定はマルクスにも受け継がれ、現代人の通念となっているように思われます。

著者はこうした通念は間違いで、原始時代から人間は殺し合いに明け暮れてきたという事実を、様々な学問の成果を取り入れながら実証しています。そして、どうやら実態はルソー以前にイギリスのホッブズが「人狼」状態と呼んだものに近かったということがわかってきました。

原始時代において、人類の死因のトップは殺人で、男性の10パーセントから30パーセントが殺人と戦争で亡くなってきたと推定されています。皆殺しでなければ、奴隷という戦争が世界の伝統だったことがわかります。

アメリカ兵が戦勝国として日本国民に乱暴狼藉をはたらいてきたのも(いまもそうですが)、敗戦国の人間は皆殺しでなければ奴隷だと考えているからでしょう。旧約聖書の民数記31章に未婚の女性の分配について記述されていることも、ユダヤ・キリスト教の常識として考えておいた方がいいのかもしれません。それにしても著者はイスラエルの研究者ですが、民数記についての言及も避けていないところが立派です。

こうしてみると、それなら人間の善行はいったい何を根拠に生まれてきたのだろうかと、不安になってしまいます。私自身気がつかないうちに原始社会=ユートピアの観念にとらわれていたのでしょう。私自身結構えげつないことを本に書いたりしてきたんですが、それでも驚かされることがたくさんありました

すごい本です。

下巻を読んで気がついたことがあったらまた書きます。

(中央公論新社2012年3600円税別)

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2012年11月18日 (日)

ケルテース・イムレ『運命ではなく』岩﨑悦子訳

刊行当時読んで、最近DVD『フェイトレス』を二度観て、ハンガリー語の台本を読んで、また原作に戻った次第です。

やはり小説は綿密に書き込まれていますね。映画の中の俳優陣の細かい演技の意味が、原作を読んで初めて分かったところもいくつかありました。台本を読んでもわからなかったんですけど。

ということは、少なくとも演出家は、そしておそらく俳優たちも、原作をしっかり読み込んで演じていたのでしょうね。スタッフも含めて実に気合の入った映画でしたから。

他方で、台本になって新たに付け加えられたシーンもあり、映像では取り上げられなかったシーンもあって、それぞれに思惑が少しずつ異なってもいます。結局、映画は映画で、小説は小説で、それぞれに良い作品でした。

本書は内容としてはナチの収容所の話ですから、読んで楽しい本というわけにはいきませんが、決して悲惨さを売りにするものではなくて、淡々とした筆致である種の明るさを持って書かれています。

訳者解説で岩﨑先生(私のハンガリー語の先生の一人でもあります)が書かれているように、少年の成長小説としても、当時の社会主義体制の批判の本としても、また、言語批判の本としても読めます。いろんな読み方ができる本です。

映画とともに、多くの人に味わってほしい小説です。

(国書刊行会2003年1900円+税)

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2012年11月15日 (木)

イザベラ・バードイザベラ・バードの日本紀行』時岡敬子訳

下巻は北海道でアイヌの村を訪ねます。これは貴重な民族誌になっています。

基本的に文明化されていない未開人という見方をしてはいますが、著者のアイヌへの眼差しは愛情に裏打ちされています。日本人よりも体型や容貌の点ではヨーロッパ人に近いところがあるためか、かなり親近感を持っています。

日本人に対してだけではなく、著者は感じたことを遠慮なく書くので、日本人の容貌は「醜い」とかしょっちゅう出てきます。しかし、旅を重ねるうちにだんだん見方が変化してきます。

「不平を言いたくなったとしても、車夫の相も変わらぬ人の好さ、明るさ、親切心を考えれば、そんな自分が恥ずかしくなります。この誠実な車夫と別れるのがどれほど残念なことか。彼の愛想のいい仕事ぶりや醜い顔、毛布を巻きつけた姿がどれほど恋しくなるでしょう。いいえ、とんでもない、彼は醜くなどありません! 誠実さと親切心で輝く顔が醜いはずはなく、私は彼を見るのが好きだし、いつか彼のことを『天国にいるような』子供のようだと形容する日が来ることを期待しています」(339-340頁)

こういう感じです。

それはそうと、当時せっかく賞賛を受けたにもかかわらず、今日、こうした誠実で明るく仕事をしている車夫のような日本人は少なくなっているのではないかという気がしないでもありません。隅々にわたって劣化しているのではないかという不安が頭をよぎります。

日本人、頑張れ! って私もそうですが、頑張らなきゃね。

(講談社学術文庫2008年1250円税別)

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2012年11月11日 (日)

イザベラ・バード『イザベラ・バードの日本紀行』(上)時岡敬子訳

1878年に一人で(通訳を伴って)日本を旅したイギリス人女性の紀行文。

面白いです。
明治の初めは女性たちはまだお歯黒をしている人が多かったとか、
肉体労働者は浮世絵に出てくるように、
暑いときにはほとんど褌一つで作業していたとか、
いろんなことがわかります。
バードの本はしばしば日本の美点についての記述ばかり引用されてきましたが、
こうして通読してみると、結構辛辣な批判も書かれています。
クリスチャンとしての戸惑いもそのまま書かれていて、
それがまた、異文化・異宗教ショックの題材として興味を引きます。
「異教徒」は「神の嗣業」ではなく、神の救われし者は「何人にも教え得ないあらゆる国の群衆」ではないのだろうか?(471頁)
つまり、神の救いはクリスチャン限定ではないのではなかろうか、という疑問が浮かんでくるわけですが、それは、「このような人々に混じって暮らし、彼らの単純素朴な得、単純素朴な不徳を知ると、農夫の蓑の下で鼓動を打つ心がいかにやさしいかを知」(同頁)ったからです。
もっともな疑問です。
上巻は蝦夷までの旅ですが、途中でかなり危険な目にも遭いながら、著者は農村の貧しさに驚き、また、米沢の豊かさと美しさにも驚き、下巻ではアイヌの集落で過ごしたりもします。
下巻を読み終えたら、また書きます。
(講談社学術文庫2008年1500円税別)

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2012年11月 5日 (月)

三浦朱門『人生の終わり方〈積極的に今日を生きる〉』

タイトル通りの本です。著者は言います。

「中年の夫婦に高校生の子供。そういう家庭に七十代後半の、心身に異常が起こり始めた老人が四人という家族構成。これはウソでも冗談でもなく、近い未来に日本の家庭の基本的姿になる可能性がある」(185頁)

本書は2005年に出ていますが、この可能性はすでに現実になっちゃいましたね。著者もこの時から7年たって、もはや90近くになられていますが、どうなんでしょう。

これからはコミュニティの中に老人問題をきっちりと組み込んでいかなければ、個人の力ではどうしようもなくなります。まちづくりもそのあたりを考えなければいけません。

実際、私も個人的にはそういう会合にも参加しています。今日もこれから行ってきます。いい知恵が生まれてくることを期待したいです。

著者は「老人に社会奉仕の仕事と『名誉ある死』を」と言っていますが、その通りですね。これが実現できるようになるような制度設計が必要です。

(海竜社2005年1500円+税)

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「ケサラン・パサラン」vol.10(上野玲責任編集)

もう10号になりました。

今回も読み応えがあります。
写真と記事がそれぞれに良いのですが、
今回の「ナース・ストーリー」が個人的には一番気に入りました。
毅然としたナースの話もいいですし、
入院している子どもの話もよかったです。
病院で何度か訪問家庭教師やボランティアをした経験があるので、
ちょっと懐かしいところがあります。
福島の話も大手メディアでは取り上げられませんので、貴重です。
450円はリーズナブルです。

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2012年11月 1日 (木)

屋山太郎『立ち直れるか日本の政治』

2010年の本ですが、その後今に至るまで、立ち直る気配が感じられないどころか、一層混迷を極めているわが国の政治です。野田内閣になる前の本ですが、その後現内閣はますます官僚の代弁者とかしている感があります。

まだ本書刊行時には民主党のアラが今ほど目立っていなかったこともあり、本書の過半はこれまでの官僚と自民党の国家経営の批判に当てられています。それは、
「日本の得意な分野である工業技術を開発して製造業を振興し、輸出して稼いで、法人税収を上げ、その金で巨大な土木事業を進めて地方に金をバラまくというものだ。この結果、土木事業が増え、農業自体は沈下した。農業生産高はGDPの一%未満に落ちたのに、農協職員、正会員、準会員など農協関連人口は成人人口の一割を占めるといういびつな姿となった」(34頁)
と、土建業国家複合体の様子が活写されています。
具体的で説得的な数字をいくつか挙げておきます。
・社会保障給付費の国際比較では、わが国はGDPの17.7%世界の23位(トップはスウェーデンの31.3%、二位はフランスの28.8%で、19位のスペインまでは20%台です。 
・日本の港湾の数は1000、空港は98もある。
・2005年時点で天下り法人は4,600あり、そこに28000人が天下っている。2005年度だけでそこに流れる助成金、補助金、融資資金は12兆6000億円に上る。
・国交省の下水道建設費は10年間で約30兆円に上る。当然利権の温床です。そういえば我が家は下水道法を無視して合併浄化槽のままでいますが、今のところ何も言って来ませんね。罰則がありましたっけ。
といった「へぇー」と感心させられる数字が勢ぞろいです。一読三嘆どころではありません。
(海竜社2010年1429円+税)

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