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2012年12月 9日 (日)

八木雄二『神を哲学した中世 ヨーロッパ精神の源流』

いろいろと教えられるところの多い本でした。中世の哲学の流れはキリスト教神学が絡んでいるため、しばしば理解が難しいところがあるのですが、著者はこれをわかりやすく解説してくれます。

アリストテレスの自然学などの思想がイスラム世界を経由してヨーロッパにもたらされた事情なども、丁寧に解説されているので助かります。

これまで、なんとなくプラトンとアリストテレスが同時に入ってきたような気がしていましたが、中世ローマには新プラトン学派の影響が残っていたので、ここはアリストテレスのテキストの読解がアラビア語から翻訳されて中世ヨーロッパにもたらされたという理解に修正しておかなければなりません。

以前、とあるいい加減な知識人がプラトンもアリストテレスも中世ヨーロッパでは知られていなかった、なんて言っていたのを真に受けていましたが、思えばアウグスティヌスはプラトンの影響を間接的にではありますが、はっきりと受けていたわけですから、真に受けた私が馬鹿でした。(そのことも本書には書かれています。)

中世における神の存在証明の意味も、本書ではっきりと理解することができました。

「神の存在証明の背景にあるのは、形而上学が前提にしている不可視の実在の秩序である。すなわち、目に見える存在の彼方に、普遍的な根拠(普遍力)が実在している、という実在想定である。そして地上に目を移せば、そこに見える存在は、その普遍力の実在を根拠・原因にしてはじめて存在している。そういう実感である」(175頁)

われわれ日本人の苦手とする思想と世界観が凝縮されています。私も分かったというより、そういうものかとこの表現を眺めつつ、今後いろいろと物事を考えていく糧にしたいと思います。

(新潮選書2012年1400円税別)

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