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2013年1月30日 (水)

山崎亮『コミュニティデザインの時代 自分たちで「まち」をつくる』

物をつくるのがメインではなくて、人びとのつながりを演出するのが、このコミュニティデザインです。住んでいる人が主体となって、お互いに住みやすい町や村をつくるというのは、かつてはあたりまえのことだったのですが、近代化し、都市化し、あるいは過疎化する居住空間で、人びとのつながりをつくり、維持していくのはなかなかの難事業です。

本書は人口減少期に入ったわが国の町や村のあり方を、今後どのように形づくっていくのかという問題意識のもとで、具体的で重要な提言をたくさんしてくれています。

もちろん、地域によって抱える問題はそれぞれ異なっているので、これといった決まったマニュアルがあるわけではありません。とにかくその地域で話を聞いて、何をするべきかを一緒に考え、実働部隊を組織していくわけです。

私も自分が関わっている町や村については元気になってほしいと願う者の一人で、様々な地域の会合や勉強会にもできるだけ顔を出すようにして、勉強させてもらっています。本書もその都度読み返しながら、具体的な問題に取り組んでいきたいと思います。

これからわが国は都会も田舎も疲弊しかねない時代に入っていきます。互いに助け合う関係を作っていくしか手立てはないでしょう。座右の書として活用するつもりです。

(中公新書2012年860円税別)

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2013年1月26日 (土)

山田かおり『株式会社 家族』

著者はファッションデザイナーで、かなり派手な服のデザインをしている人らしいですが、ブログで綴っている文章が評判を呼んで、本になっちゃいました。

尼崎で妹と両親の四人家族で過ごした昔の思い出から、現在東京で店を持つ生活までが、闊達自在な筆致で描かれています。とにかくむやみと面白いです。

お父さんもお母さんも関西人的におもいっきりはっちゃけた人で、ちょっと暗めの妹と著者自身もいろんなことをしでかしてくれます。特にウケを狙っていなくても存在と行動がもう可笑しいという人たちです。いるんですね、ほんとにこんな家族って。

私も小学校から中学校にかけて堺市に住んでいましたので、これに近いヘンな人たちを多少は目にしたことがありますが、いや、これほどではなかったですね。尼崎という土地柄もあるかもしれません。とことん明るくて自由です。登場してくる家族以外の住民もめっちゃ面白いです。

著者の妹の山田まきが挿絵を書いています。これも妙な味わいがあります。続編もそのうち読まなきゃです。

(リトルモア2010年1300円+税)

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2013年1月25日 (金)

ひろさちや『下りる。 日本に生まれた不運をあきらめるために』

いつものように、こだわらずのんびり生きましょうというメッセージの本ですが、わが国が貧困率でアメリカに次ぐ高い水準になっていること、東日本大震災、国内総生産の1.8倍、892兆円に上る国債、公債残高をみて、「日本はもうダメだと思います。いずれ財政破綻をするに違いありません」(19頁)という悲観的現状のもとで書かれています。

もちろん決してやけくそになるわけではなく、ゆったり、のんびり、ほどほどに生きることを提唱してくれています。年収も下がりますが、欲望も少なくし、夢や願い事をもたず、苦しみは苦しみのままじっくり味わうという境地です。自分がそうなれるかどうかはともかくとして、仏教者ならこうでなくちゃいけないでしょうね。

本書では特に、日本人には「必要悪」の考え方が理解できないという主張に感心させられました。

著者は「善か/悪かを判断するのは宗教」と言い切っています。そして、日本人の多くは宗教を持たないため、物事に対して、善か/悪かの判断をすることなく、必要か/不必要かの判断だけをすることになります。

要不要の判断をするのは政治・経済・社会ですから、人びとはそこでくだされた判断に従わざるを得なくなります。「その結果、必要なものはすべて善になり、不必要なものは悪とされます」(532頁)

「だから、死刑という名の人殺し、体罰という名の暴力が大手を振って罷り通ることになってしまうのです」(同頁)とも言います。そうですね。

こんにちのわが国でもしばしば二項対立の相手方を敵として攻撃する議論が見られるのは、人間性と宗教に対する感受性と洞察力が失われているから、とも言えるのかもしれません。

(中経出版2012年1000円+税)

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2013年1月24日 (木)

岡田斗司夫FREEex『オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より』

朝日新聞土曜版Beに連載中の人生相談コーナーの中で、とりわけ異彩を放っている著者の回答をいつも楽しみにしていますが、本書はこれをただ集めただけではなく、回答作成の一部始終をきっちりと解説した本です。

 一人の相談者の背後に同様の悩みを抱えているかもしれない1万人を想定して、みんな面倒うみましょうというスタンスで答えられていたんですね。どうりで、相談者に対する愛情が感じられるだけでな(言うまでもなくそれはまず何よりも大事な要素ですが)、広がりと深さがある回答になるはずです。

相談の文章を読み込み、分析し、問題点を探り出すところからすべて公開されていますので、本書は問題解決能力の養成にも役だってくくれそうです。ただ、実際には、著者独特の目の付け所とか、ひらめきとか、とうてい真似できないなと思わされます。

著者は回答するために、文責、仕分け、専攻、アナロジー、メーターといった「11のツール」を用いています。それぞれに興味深いものですが、この中でも「三価値」というのは特に興味を覚えました。今風に言い換えれば、三極とは功利主義と自由主義と共同体主義(美徳の追求)という3つの極です。

「僕たちの世界観は、たぶんこの三極対立でできている。だから悩むんです・・・その決断はいつも『微妙に違う』思考過程と結論を生みます」(190頁)

「『最大多数の最大幸福』と『個人の自由と権利』、この間で論叢があるのはわかるけど『共同体(コミュニティ)としての美徳」という要素を入れて年がら年中議論してお互いに考えよう。よりよい共同体を目指していこう、という21世紀の今となっては逆に斬新な考え方です」(192頁)

そうです。サンデル教授の議論の仕方ですね。そのいいところもうまく取り込んであります。サンデル教授にはあまり感心しない人でも、著者にはきっと感心することでしょう。

 まあ、そんな理屈はともかく、巻末の相談―回答からいくつか拾い読みしてもらえれば、著者のすごさがわかると思います。ご一読を。

(幻冬舎新書2012年940円+税)

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2013年1月23日 (水)

太田猛彦『森林飽和 国土の変貌を考える』

今までぼんやりと信じていたことを、きっちりと覆してくれる本です。タイトルにあるように、現在のわが国は森林がむしろ多すぎるくらいなんだそうです。

江戸時代なんかには浮世絵を見てみると、木のない禿山がたくさん出てきます。その事情は明治時代に入っても同じで、古い写真を見るとたしかにそうだったことがわかります。

「日本昔ばなし」なんかには樹木の生い茂った里山の風景が出てきますが、ああいうのは実はアニメ用に作られたイメージで、江戸時代の里山は樹木がほとんどなく、ほとんど草山だったということもわかります(58-59頁)。

むしろ今や資源として使われなくなった里山がほったらかされて樹木が生い茂り、奥山になろうとしている途中だと考えられます。もちろん森林としては荒れています。

本書で面白いのは、もともとハゲ山の土が川に流れ、海に出てきて溜まることで、砂浜の海岸線ができていたのですが、ハゲ山の減少により、そういう土砂の量が減ってきてしまったことで、ハゲやあの現象により海岸線自体が変化をしているというところです。

里山だけではなく、海岸線も防災の観点から対策と整備を怠るわけにはいきません。本書はそうした点についても様々な具体的提言がなされています。いい本です。

(NHKブックス2012年1100円+税)

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2013年1月19日 (土)

中津文彦『亥ノ子の誘拐 塙保己一推理帖』

塙保己一の研究会という名目で学生と飲み会を企画していますが、当日までに保己一関連の著作などを読んでおかなければないという宿題があります。まさか、『群書類従』を読むわけにもいかないので、この推理小説を読んでいくことにしました。

盲目の大学者塙保己一については森銑三による研究書をはじめ、結構たくさんありますが、小説家たる著者が丁寧に調べて、愛情のこもった想像力によって造形された人物像は研究書とは違う魅力があります。

あとがきにありましたが、時代小説作家もまた、『群書類従』のお世話になることが少なくないのですね。実際、時代考証には欠かせないそうですから。そうして調べ物をするうちに、そもそも群書類従を編纂した保己一という人物に関心が出てきたんだそうです。

保己一はもちろん博覧強記の学者で、合理的な洞察力はもちろんのこと、盲人独特の音や匂いに対する感覚も手がかりにしながら、難しい事件を推理していきます。

本シリーズは推理小説としてきっちり作りこまれているだけでなく、江戸の警察組織、行政組織や吉原の風俗に関して、素人にわかりやすく解説されていますので、保己一についてのイメージがつかめるだけでなく、時代劇の入門的知識が得られます。

ただ、事件はかなり凄惨で、悲しいものなので、読後はかなりしんみりとさせられてしまいます。人間のもつ業とその悲しさが胸を打ちます。いい作品であることは間違いありませんけど。
(光文社時代小説文庫2009年590円+税)

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2013年1月18日 (金)

磯田道史『無私の日本人』

タイトル通りの人物が3名登場します。素晴らしい本です。それぞれの話がそれぞれに心打たれます。こんな人が存在したということだけでも、知ることができて、著者に感謝しないではいられません。

著者はあとがきで「こどもが、いつかよんでくれたら、という思いをこめて書きはじめた」と言っていますが、本当に子どもに読ませたい本です。世のため人のためここまで尽くした人たちがあったということを知れば、それに近づこうという人がかならず出てきます。

人間の道徳的な面での潜在能力も、こうして実例を示してもらえると、もっと高くなることでしょう。スケートの3回転ジャンプが、3回転半ジャンプとなり、4回転ジャンプと進化してきたように、道徳のレベルも上がっていくと、いい世の中になりそうです。

さらに徳の高い人は、周囲の人びとに影響を与えてくれます。この3人はみんなそうです。よくぞここまで発掘してくれたものです。

もちろん良い人ばかりが登場するわけではなく、えげつないお役人やら、小ざかしい学者なんかも登場します。今もこういうタイプ、いるいる、って感じです。荻生徂徠のえげつなさななんかも活写されていて、勉強になりました。ひえー、あんな人だったんだ。

一家に一冊常備薬代わりに置いておかれるといいと思います。

(文藝春秋2012年1500円+税)

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2013年1月16日 (水)

N.J.ゴールドスタイン、S.J.マーティン、R.B.チャルディーニ『影響力の武器 実践編―「イエス!」を引き出す50の秘訣』

50の秘訣はどれも実践的で、ビジネスマンの役に立つのは確かですが、深い話もたくさんあります。特に、リーダーの拙劣な意思決定を回避する方法とか、あやまちを認めて全力投球することとか、きっちり具体的に書かれています。豊富な実例は今回書いた論文にも使わせてもらいました。4月からの講義にも良い材料を提供してくれそうです。

チャルディーニ『影響力の武器』と抱合せで売ろうとしている本なので、邦題が同じですが、実は別個の本です。これから読んでも、これだけ読んでもいっこうに問題ありません。もちろんセットで買っても損はしませんが、訳者あとがきを読むと、ちょっと騙された気分になります。ま、いいんですけど。
(誠信書房2009年2000円+税)

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2013年1月 9日 (水)

ジョゼフ・T・ハリナン『しまった! 「失敗の心理」を科学する』栗原百代訳

これは失敗の実例をとことん集めた本です。考察は昨日とりあげた本のほうが深いですが、これは目的が違うからでしょう。本書は間違いのカタログになっていて、その対処法までが具体的で平易に述べられています。

現在、間違いとその対処についての原稿を書いていて、印象に残る実例は引き合いに出したいと思っていますので、個人的には有益な本です。

いくつか引用しておきます。

「人間は、誤りを犯しそうなときは、むしろ『行動を起こさない』という誤りを選ぶ」(81頁)

「[私たちは]内心は自分は他人より上だとうぬぼれながら生きている。そして、そのうぬぼれが多くの過ちの種を宿している」(199頁)

「奇妙なことに課題がむずかしくなればなるほど、自信過剰のレベルは下がるのではなく上がる傾向がある。逆ではないのかと思われるだろうが、そうではない。困難な課題にあってこそ自信過剰さはもっとも高まるのだ」(215頁)

「企業経営者は自分がもっとも精通していると思うこと――つまり自分の事業にかんする判断で、決まって自信過剰さを見せるのだ」(222頁)

ちなみに、著者は組織に適切なフィードバック機能があれば、こうしたミスをカバーすることができるとも言っています。これは重要な指摘です。ただ、できない組織が多いとは思いますが。

自信過剰への反証を常に求め、体験談よりも平均値を重視し、睡眠不足に気をつけ、小さな幸せを大切にする生活をしていると、結構ミスは防げるようだという主張は、当たり前にも聞こえますが、実行するのは結構大変ですね。世の中から間違いが減らないはずです。

(講談社2010年1500円税別)

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2013年1月 8日 (火)

キャスリン・シュルツ『まちがっている エラーの心理学、誤りのパラドックス』(松浦俊輔訳)

面白い本でした。これは一読の価値があります。

間違いは人間につきもので、できるだけ間違わない方がいいに決まっているのですが、残念ながらそういうわけにはいきません。それどころか、その間違いを認めようとせず、事実を曲げたり、ハナから見ないようにしたりなんてことも世の中にしばしば見られます。

私の身の回りにもたくさんあります。自分は間違うはずがないという神話を瞬時に作り上げてしまうのが、人間の特徴だといっていいでしょう。

本書はそうした間違いの実例にも事欠きません。たとえば、目が見えなくても「見えている」と信じている人の話などには驚かされますが、それ以上に、間違った後の人間の心理について、驚かされ、教えられるところが多い本です。

間違っていることに気がつくと、人は世界観が崩れ、孤独で絶望的な気分に陥るということが、書物だけではなく、多くのインタビューなどにも基づいて、丁寧に描かれます。自分の証言によって無実の罪をかぶせてしまった人の経験など、なかなか読めるものではありません。

また、あるとき劇的に世界観が変わり、黒人差別運動(KKK)の指導的地位を捨てて黒人の社会的地位向上に尽力した人の話もあり、感心させられます。

間違いを認めてからが本当の勝負だったりするのですね。

著者は間違いもまた人間の創造力の一つとして付き合っていくべきだと考えています。最終章は詩や劇の話になります。間違いに楽観的かつ積極的に取り組むことで、芸術的創造へと繋がる道が見出されますし、生物進化も遺伝子の間違いから生まれると見ることができるからです。

微妙な難しいこともうまく表現できる著者の考察力と表現力が見事です。翻訳も読みやすいと思います。ただ、読むのに結構時間がかかります。内容が充実しているためでしょう。もちろんじっくり読むべき本なのですが、この450ページはかなり歯ごたえ、じゃない、間違っていますね、読み応えがありました。

(青土社2012年3200円税別)

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2013年1月 3日 (木)

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』(下)村井章子訳

上巻の感想と基本的には変わりませんが、この巻でも直感的判断や選択のエラーについての例がふんだんに挙げられていて、ほんとうに参考になります。

専門家と言えども、あるいは専門家だからこその直感的判断の誤りにはとりわけ用心しなければならないことがよくわかります。経営者が「自分の能力で結果を左右できると思い込む『コントロールの錯覚』に陥りやすい」(45頁)といった指摘などは、心ある経営者の耳には届くのでしょうけれど、届かない人もたくさんいそうです。

経営者ばかりではありません。大企業の財務責任者の予測などは相関関数がゼロ以下(つまりまったく当たらない)にもかかわらず、「それよりも悪いニュースは、CFO[最高財務責任者]が自分たちの予測能力のなさを、いっこうに自覚していないらしい」(48頁)ことです。ああ、これも思い当たりますね。

患者の生存中に意思が下した診断と解剖結果の比較調査では「絶対確実と医師が自信を持っていた生前診断の約40%は誤診だった」(50頁)そうです。そうでしょうね。内科のお医者さんなんか、もっと多いんじゃないでしょうか。

こうしたミスを防ぐための方法も著者はいくつか提唱していて、医者にかぎらず、経営の失敗なども含めた「死亡前死因分析」を行うことなどはかなり有効だと思います。

また、サンクコストへの対応は以前の決定にこだわって損切りを嫌がるCEOの更迭(168頁)だというのも社会心理学的な根拠があるわけです。

著者は言います。「ことエラーの防止に関する限り、組織のほうが個人よりすぐれている。組織は本来的に思考のペースが遅く、また規律を持って手続きに従うことを強制できるからだ」(273頁)

組織をシステム1を監視するシステム2の働きをするものとして有効に活用すべきだということです。実際、国家から小さな会社あるいは町内会に至るまでの組織を見ていると、権力に物を言わせて直感的かつ拙速に行われるイレギュラーな決定は、ことごとく間違っていると言っていいですから。

翻訳は読みやすく、日本語的に気になるところもなくスムースに読むことができました。原書と読み比べたわけではありませんが、きっと力のある翻訳者なのだろうと思います。

(早川書房2012年2100円+税)

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