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2013年2月28日 (木)

吉川洋『デフレーション ”日本の慢性病”の全貌を解明する』

著者は、わが国のデフレの原因が名目賃金の低下の結果によるもので、賃下げを正規社員が受け容れ、あるいは有期雇用の労働者をカットすることの結果として生じていると実証的に論じています。

ショッキングなデータは、日米欧の名目賃金の比較表です。1995年を規準にとると、2013年現在でアメリカ190,ユーロ圏諸国150,日本90ということになっています。欧米なら暴動が起きてもおかしくないところを正社員が痛み分けで我慢してきたわけです。

もちろん背景にはこれといったイノベーションを生み出せなかった企業の収益低下があるわけで、そうした長期に渡る停滞の結果としてのデフレですので、著者はマネーサプライを増やせばデフレは止まるというリフレ派経済学者に理はないとみています。

著者は経済学的にはクルーグマン・モデルの欠陥も証明して見せています。

「クルーグマン・モデルに代表される『代表的』消費者の最適化は、現代のマクロ経済学ではそれこそが『ミクロ的基礎づけ』と広く考えられているのだが、実は理論的根拠がないのである」(147頁)

証明が正しいかどうかを確認する知識は私にはありませんが、著者の言わんとすることは、数式を飛ばして読んでもよくわかります。リフレ派がこの論点についてきっちりと反論してくれるようなら、またそれも読んでみたいものです。

今はリフレ派のとんでもない社会実験に日本経済全体が巻き込まれていこうとしているのか、それとも、彼らの提唱する魔法の薬が効果をあらわそうとしているのか、素人には判断がつきかねるところがあります。

今はお互いに罵倒しあっている状態ですのでますますわかりません。お互いに相手の勉強不足をなじるばかりで、ひどいものですが、気になるのは、リフレ派がデータに基づいた議論を好まない点です。

「実証じゃなくて演繹だ」などと日銀副総裁候補に名前が挙がっている岩田規久男が言っていたりすると、いいのかな、と思ってしまいます。

しかし、リフレ派の人が本書を読んで、「ごめん、間違っていました」ということもまずもってなさそうな気がしますが、もしもそういうことがあるとしたら、個人的にはその学者やエコノミストを称賛する用意があるんですけどね。

もちろん私ごときが称賛したところで、何の気休めにもならないでしょうけど、たまには学者が失敗を潔く認めるところを見てみたいものです。

もっとも、参院選頃ごろでには現実が答えを出してくれるかもしれませんが。
(日本経済新聞出版社2013年1800円+税)

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2013年2月25日 (月)

島田裕巳『神道はなぜ教えがないのか』

神道には教えがないだけではなくて、開祖もいなければ、祈請対象もはっきりせず、いわゆる救済も用意されていません。これを筆者は「ない宗教」と呼び、わが国ではこれと対照的な「ある宗教」としての仏教とがその役回りを分担して、補い合ってきた(神仏習合)と見ています。

なるほど。同著者の『神も仏も大好きな日本人』の延長線上にある、説得力のある説明です。歴史的な流れもよくわかり、文献資料だけでなく、各地の神社もまめに調査されていて感心します。

著者の本にはいつも多くの気づきがあり、本書でもこの「ない宗教」という定義だけでなく、神道とイスラム教の類似点に言及されているところが面白かったです。言われてみて初めて気が付きました。著者は言います。

「こうした両者の比較は、イスラム教と神道に対して新しい見方を示すことになるのではないか。重要なのは、イスラム教が決して、日本人にとって理解不能な異質な宗教ではないということである」(104頁)

比較文化論の授業でも学生に勧めたいと思います。

なお、南方熊楠の評伝を読んだあとなので、熊楠が反対した神社合祀令(明治39年)についてもなにか記述があるかと期待しましたが、本書ではそれはありませんでした。ま、自分でも調べてみることにします。

(KKベストセラーズ2013年762円+税)

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2013年2月23日 (土)

神坂次郎『縛られた巨人 南方熊楠の生涯』

著者が南方熊楠の人となりに惚れぬいて書いた評伝。全編から愛情が伝わってきます。

それにしても聞きしに勝る怪人ぶりで、驚かされました。自分の好きなことだけに没頭して、大学も退学してアメリカやイギリスに渡って学術雑誌「ネイチャー」に何本も論文を載せるというのは、とんでもない努力と学問への情熱がなければできないことですね。

ある意味熊楠が英米で勉強したのは正解だったと思います。西洋人は日本と違ってどこの学校を出ているからということではなくて、内容のみで評価してくれるところがありますから。

私も昔留学中に書いた論文を幸運にも斯界の権威二人から別々に高く評価してもらったことがあり、それが長らく密かな心の支えになっていたことがあります。わが国の場合、学生(大学院生を含む)の間は大学にもよりますが、ほとんどゴミのような扱いを受けるので、そういう心の支えは本当にありがたかったです。

南方熊楠のスタンスは次の引用に明らかです。

「わが国には学位ということを看板にするのあまり学問の進行を妨ぐること多きは百もご承知のこと。(そのうえ)御殿女中のごとく朋党結託して甲が乙を廃し、丙がまた乙を陥るる、蕞爾たる東大などに百五十円や二百円の月給で巣を失わじと守るばかりがその能で、仕事といえば外国雑誌の抜き読み受け売りの外になき博士、教授などこそ真に万人の憫笑の的なれ・・・小生は何とぞ福沢先生の外に今二、三十人は無学位の学者がありたきことと思う」(205頁)

そうですよね。福沢諭吉のような人が二、三十人といわずとも、もう数人いるだけで、わが国の知識人像は随分今とは異なったものとなっていたことでしょう。

思想家としての熊楠は次の引用によく現れています。

「今の学者はただ箇々のこの心この物について論察するばかりなり。小生は何とぞ心と物がまじわりて生ずる事(人界の現象とみて可なり)によりて究め、心界と物界とはいかにして相異に、いかにして相同じところを知りたきなり」(317頁)

熊楠のこうした思想家としての一面までよくとらえられた本ですが、生涯の様々な逸話や伝説も丁寧に紹介され、その型破りの巨大なスケールの人物像が描き出されています。

大酒飲みとしての武勇伝というか、失敗談や奇行も含めて、シャイな一方でかなりのイタズラ好きでもあったようで、紹介される数々の逸話には本当に驚かされますし、笑わされます。

読むとこちらまで愉快で元気になってくる本です。

(新潮文庫平成3年667円税別)

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2013年2月19日 (火)

福島香織『中国「反日デモ」の深層』

著者の本はいつもしっかり調べて現地での直接取材に基づいているだけでなく、いつも普通の人の視線で素直に書かれているので、実に説得力があります。これだけ取材をしていても上から目線で自慢気だったりしないところがさわやかです。

本書では中国の反体制派へのとんでもない迫害の状況や、政権内部の謀略、暗殺の凄まじさに驚かされます。チベット人たちへの暴虐行為もすごいです。

また、薄熙来の奥さんの谷開来の怖さも半端ではありません。確かに江青以来のケタ違いのおっかなさかもしれません。

反日デモの裏側の状況も活写されていて、メディアの通り一遍の情報だけではわからないことが、ちょっと納得がいきます。

それはそうと、この体制、いつまで現状のままで行けるんでしょう。いつか予想もしない形で崩れたりするのかもしれませんね。まあ、何が起こってもおかしくない国だということだけは、本書を読んでよくわかりました。その日に備えて多少なりとも心の備えができるかもしれません。

お勧めです。

(扶桑社2012年740円+税)

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2013年2月16日 (土)

北村英哉・大坪庸介『進化と感情から解き明かす社会心理学』

社会心理学はとりわけアメリカに実験データの膨大な蓄積があり、これを鳥瞰し整理するだけでも一生が終わってしまいそうな気がするくらいです。初学者向けの入門書を書くためでも、こうしたデータの全体像を把握しているかどうかが問われますので、専門家とはいえ大変なんだろうなと想像します。

本書は進化論的観点から社会心理学の研究遺産を把握し、整理し直そうという意欲的な試みです。

もちろん進化論といっても最近の潮流は、かつての適者生存ないしは自然淘汰の競争社会だけをイメージするようなものではなくて、人間がそれと気づかずに行なっている生存戦略や環境への適応、あるいは社会的認識の歪みなどについて、スマートに説明してくれるものです。

R.H.フランク『オデュッセウスの鎖』などはその代表的なものの一つかと思われますが、最終的な説明の根拠を進化論に求めると、説明としては筋が通りやすいのも確かです。

ただ、本書は大学生向けのテキストということもあって、真面目できっちり説明してくれるのがあだとなって、すんなりと頭に入りすぎてしまい、進化論的説明の利点があまり印象に残りません。なるほどー、と理解してそのままになてしまいそうです。

本書はたとえば、旧来の社会心理学ではうまく説明がつかなかったことが進化論ではこう説明できるというスタイルではないので、もう少し著者たちの立場を強調するように演出してくれたらよかったかなと思います。

そうした論じ方の点では、アメリカの社会心理学者の語り口は見事です。思うに欧米のインテリは激情や映画館に足を運び、文学に親しむ度合いがわが国と比べてはるかに高いということがあるのではないでしょうか。読者を楽しませるということにかけて、工夫の仕方が半端ではないのです。

もう一つは、学者以外のサイエンス・ライターの層が厚く、先端科学を一般読者にわかるように解説してくれる本が沢山刊行され、しばしばベストセラーになっているということがあるかもしれません。学者の文体や語り口にも好影響を与えているような気がします。

それはそうと、本書はもちろん大学のテキストとしては水準以上によくできていて、文献案内も充実しています。この分野を専攻する学生にとって必読の入門書ですし、私も本書を手がかりにこれからいろいろ勉強させてもらうつもりです。

(有斐閣2012年1900円+税)

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2013年2月13日 (水)

ミルトン・フリードマン『資本主義と自由』村井章子訳

1962年に書かれた本なのですね。今でも古びていません。アイデアに満ちた名著です。そのアイデアがなかなか実行されず、未だに新鮮だというのは残念なことでもあります。

中でも「教育バウチャー」と「負の所得税」は今でもすぐ実行して欲しいと思います。教育バウチャーは親に支給して、気に入った教育機関に親が持って行くという仕組みです。負の所得税は課税対象所得が少ない場合には政府からその分の現金が支給されるというものです。

どちらも間に余計な機関が挟まらないので効果的ですが、この間の機関が既得権として利得を手放さないので、こういう斬新な考えはなかなか実現できないのでしょうね。

わが国は1962年当時のアメリカで著者が批判している様々な政府の介入をむしろ肥大化させた国家になっています、農産物の買取保証や産業規制、社会保険や年金制度、様々な職種の免許制度は、当初はアメリカに習ったのでしょうけれど、今や日本でガラパゴス的進化を遂げています。

これをどうにかしないと、今後は今までのような経済成長もありえないと思います。

者は第5章でケインズ政策および金融政策で経済を活性化させようとするいわゆる今日のリフレ派も批判していますが、フリードマンに対してリフレ派が学問的にどのような反論をしたのかをわかりやすく教えてもらうと、個人的にはありがたいです。

経済学者はお互いに論争相手の勉強不足を罵って、馬鹿にしてばかりなので、外野からはにわかに判断がつきません。ほんとはどうなのよって、いつも思います。

本書も高橋洋一が解説を書いていますが、自説との対立点には触れていません。むしろこの人選自体、何か悪い冗談かと思ったくらいです。

とはいえ、そうこうしているうちにリフレ派が推すアベノミクスの効果もだんだん明らかになってくるとは思いますが、バブリーなのは参院選まででしょうかね。

(日経BP社2008年2400円+税)

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2013年2月 7日 (木)

『ウィトゲンシュタイン全集9 確実性の問題・断片』黒田亘・菅豊彦訳

ウィトゲンシュタインの断章は、大量のカードを取捨選択して作られていると聞きますが、この「確実性の問題」は、断章のスタイルをとっているものの、じっくり一つのテーマを継続して追求した感じがします。

人が物事を確実だ判断する前提は実は確実とはいえないのではないか、ということをしつこくしつこく考えています。われわれの判断の根拠はたとえば習慣であったり、信念であったり、社会通念や分別などと呼ばれるものだたりするのですが、これを疑いだすと確実ではないにもかかわらず、決して非理性的でもないことに気付かされます。

ウィトゲンシュタインが「言語ゲーム」と呼ぶのがそれですが、「それには根拠が無い。それは理性的ではない(また非理性的でもない)。それはそこにある。――われわれの生活と同様に」(140頁)と述べています。

最後の方では「人間の営む探求には、根本原理とも称すべきものがあるのではないか」(167頁)とも言います。判断を成り立たせている根拠はやはりあって、それはいい加減に見えても、人びとの承認に支えられています。これは社会科学の問題でもあります。ケルゼンやショムローの法哲学を連想させられました。

とにかく実に刺激的な本です。人間の「間違い」について考える場合にもこの上なく有益です。実際、キャスリン・シュルツも著作の中で触れていましたが、私も今後『哲学探求』とあわせて折にふれて読み返すつもりです。

(大修館書店1975年初版4700円+税)

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2013年2月 5日 (火)

徳野貞雄『農村の幸せ、都会の幸せ 家族・食・暮らし』

日本の農業の歴史から今日の問題点の指摘、それから今後の農業のあるべき姿の追求まで、話題とアイデアが見事なまでにぎっしりと詰まった本です。

合鴨農法や有機農法を実践する農家の取材も広範囲で丁寧に行なっていて、単なる書斎派ではない著者の行動力が光っています。山口、広島、そして九州地方の農家がよくとりあげられていますが、ユニークな試みをする人がたくさんいらっしゃるんですね。ほんとに感心します。日本の農業の未来が明るくなったような気がします。

著者はもう、とにかく農業に関しては言いたいことがたくさんありすぎて困るくらいの書きぶりで、読む方も著者のいろんな話題と頭の回転の速さについていくのが大変なところがあります。著者が何気なくさらっと書いた箇所にも、おお、と思わされるところがあり、とにかく賑やかな本です。

事実の指摘などを含めて私が感心させられた箇所を以下に挙げておきます。

・日本は「世界の蛸の二分の一、鮪の四分の三を食べ、松茸を世界中から集め、キャビアだフォアグラだと騒いで王侯貴族のような食べ方をすると同時に、カップラーメンやコンビニ弁当などの『食の貧困』という二極分化した食事を併存させた食生活を国民全体がしているのです」(69頁)

・「日本は明治時代から、人口を3.5倍に増やしました。これは本来異常なことなのですが、政府も国民も異常が100年続くと状態だと思ってしまいます」(114頁)

・「現在の学校教育は子どもをサラリーマンにはしますが大人にする教育はありません。むしろ、教育で子どもを大人にすることは、不可能ではないかと考えています」(141頁)

・「農家・農村を残すには夫婦別姓です」(151頁)

もともとは著者が集落の人間関係に基づく資源を考慮に入れた「T型集落点検」(144頁〜)という考え方(これはこれで慧眼です)を確認したくて読み始めた本ですが、いろいろと他にも面白い記事が満載の本でした。

(NHK出版2007年740円+税)

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2013年2月 3日 (日)

中津文彦『つるべ心中の怪 塙保己一推理帖』

塙保己一を主人公にした連作時代小説の3巻目です。この間では江戸時代にコメを換金したり、融資したりする札差(ふださし)がどういうものかがうまく説明してあって、勉強になりました。蔵前から浅草橋にかけて札差が並んで営業していたんですね。

この界隈は昔国技館があって、そこでアルバイトしたことがありますし、先輩の先生のご自宅や、演劇関係の小道具を扱うお店があったりして、知らない街ではないため、へーあのあたりがねー、と思い起こしたりできるので、当時をいっそう身近に想像することができます。

また、レザノフを乗せたロシアの軍艦が長崎港に来たりと、時代背景も書き込まれていて、太田南畝が当時一年ほど長崎奉行所に勤めていたなんてこともわかります。

この巻も結構陰惨な事件が描かれますが、同時に周囲の人間模様もちょっとずつ動いて、これは最終的にどうなるんだろうと思っていたら、本巻のあとがきで作者は「ひとまずこの巻で筆をおきたい」と述べています。

史実としては登場人物たちはまだまだ長生きしてご活躍するそうですので、作者が改めて続編を書く気になるよう期待しています。

(光文社文庫2010年762円+税)


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2013年2月 1日 (金)

中津文彦『枕絵の陥し穴 塙保己一推理帖』

来週開催予定の「塙保己一研究会」(という名の飲み会)に向けて読みました。連作推理小説3巻シリーズの2巻目です。

保己一のことがよく調べられているだけでなく、当時の江戸時代の習俗も丁寧に解説されていて、勉強になります。この巻では、当時の大相撲や深川芸者、お伊勢参り、浮世絵師や版元の様子が本当によくわかります。

事件が結構陰惨なのはこの間も同様で、何もここまでしなくてもというような事件が続きますが、作者の持ち味でもあるので、シリーズ二作目にして、ちょっと慣れて来ました。

保己一の周囲の人物では太田南畝なんかも出てきて、これがいかにもそんな感じの人だったんだろうなという人物描写で、感心させられます。「研究会」までに第三作も読んでおくつもりです。

(光文社文庫2010年590円+税)

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