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2013年3月 6日 (水)

ウィリアム・シェイクスピア『間違いの喜劇』小田島雄志訳

人間の「間違い」についていろいろと文献を探している中で、やっぱりこの有名な戯曲は読んでおかなければと思い、読みました。ただ、これはいわゆる「自分の間違いを認めようとしない人」とかいうときの「間違い」ではなくて、お芝居の設定上間違うことが予定されていて、観客はそれを知っているというタイプの間違いですから、ちょっと違いました。

とはいえ、シェイクスピア一流の粋なお芝居で楽しめました。初期の作品とか言われたりしているようですが、後の『テンペスト』にも近い味わいがありますね。ほんのちょっとしたセリフ回しに深い味わいが発見できるのがシェイクスピア作品の好きなところです。

翻訳は小田島雄志なので、例によってダジャレのオンパレードです。かなり無理なダジャレもあり興醒めします。原文と付き合わせるほど私は勤勉ではないし、どうでもいいのですが、原文には別の形の言葉遊びがおそらくたくさんあるんでしょうね。しかし、それを無理に訳さなくてもいいんじゃないかと思います。

「どこのモモンガーが門番してやがる?」(49頁)
「こんなあたまちいあつかいされればあたまにくらあ」(52頁)
という感じ。どうです、苦しいでしょ。モモンガーなんて門番に引っ掛けるためだけに登場したのか、原文にあるのか不明ですが。

あと、いつも気になるのが、小田島訳では原文の改行で翻訳文も改行するので、妙なところで日本語が切れてしまいます。これを想像力のない役者がそのまま行ごとに区切って演じたりするとギャグ以外の何物でもなくなります。最近の舞台ではどうなんでしょうね。

まあ、偉い先生だから誰も文句言えなかったんだと思いますけど、もう少し演劇のセリフにふさわしい新訳を誰か出してくれないものでしょうか。

(白水社1983年780円+税)

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