筒井康隆『文学部唯野教授』
当時よく売れていた本ですが、今頃になってようやく読んでいます。1980年代後半の思想状況が懐かしく思い起こされます。また、当時の大手有名私立大学の先生たちのおバカな感じがよく出ています。
今や当時の現代思想の騎手たちも大学院長やら学長やらになっている人もいて、あるいはほとんど書かなくなってしまった人もいて、月日の流れを感じます。そういえば、草野心とかいう「女性野球評論家」もどこぞで総長にまでなられていましたっけ。
それにしても、大学内部のグロテスクな人間関係や人事を巡るデリケートな問題などは、今もおそらくあまり変わっていないと思います。大手の大学版俗物図鑑ですが、教授会が力を持たない弱小私大なんかは経営者の思うがままだったりして、もっと笑える状況があります。
私なんかの目から見ると、大手私大はやはり恵まれていますね。先生たちの甘やかされ具合も、別世界の話のように感じます。だからといって、当時も昇任を巡る殺人事件なんかもありましたから、あちらも決して天国ではないようです。小谷野敦や中島義道のいじめられ方なんか、彼らの本を通じて知る限りですが、本当にめちゃくちゃですもんね。
本書では唯野教授の現代思想・文学講義が長い台詞として織り込まれていて、これが小説の本筋とは別に面白いコンパクトな現代思想、文学論になっています。テキトーみたいで、結構的を射ています。著者が文学や思想が大好きで、各種評論や思想を読みこなしていることがよくわかります。このへん妙に感心させられました。
また、作家一流の妄想が暴走するアクション映画的な面白さもあって、サービス精神満点です。しかし、当時の大学関係者の中には気分を害した人も少なくなかったでしょうね。
本書刊行当時「唯野教授のモデルは私ではない」と宣言した先生が早稲田大学に二人いたと仄聞したことがあります。都市神話かもしれませんが、「早治大学」とか出てくるとそう言いたくなる人もいたかもしれません。明治大学の人はあまり反応していなかったようですが。
実際のかなり信憑性の高いモデルは同志社大学だったとも聞きましたが、どうでしょう。結局どこの大学の先生たちも多かれ少なかれ自分の所属先そのままのような気がしたのでしょう。
この点、アメリカの人気漫画のディルバートに対する反応を思い起こさせてくれます。「なんでわが社の秘密を知っているんだ」という問い合わせが殺到したというあの漫画です。今も続いているでしょうか。
(岩波同時代ライブラリー1992年777円+税)
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