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2013年3月 7日 (木)

笠谷和比古『主君「押込」の構造 近世大名と家臣団』

主君が不行跡で不道徳だったりすると、見かねた家老が切腹覚悟で「諫言」するというのは結構知られていますが、主君を諌める最終手段が「押込」(おしこめ)です。

この伝統は古くは中世から見られるそうですが、近世の封建時代が確立していく時に、幕府が公認する形で制度化されていきます。

著者は原典資料によりながら、資料に語らせる形で、この「押込」の歴史を見事に描き出しています。本書の文庫版のまえがきによると、この原著が発表された昭和63年頃は、まだ本書は学会でも十分な理解が得られなかったそうです。

学会なんてところだから余計そうなのかもしれませんが、日本の近世なんて絶対主義的封建時代だという通念が支配的だったため、家臣が主君を座敷牢に閉じ込めたりするなんてありえないと思われていたわけです。

しかし、学問なんて通念をひっくり返すくらいでなくては面白くありません。えらいものです。著者の勇気と苦労が偲ばれます。

押込という現象は一般的には山本七平の本などで紹介されたことで多少知られるようになったと思いますが、旧来の武士道や忠義の観念を根本的に見直さなくてはいけなくなる爆弾みたいなところがあります。

ただ、歴史学はともかく、このようなメカニズムはわが国の組織に多かれ少なかれ見られると思います。こういうことは歴史学者じゃない普通の人びとのほうが、日々実感していて理解が速いように思います。

企業や大学などでもバカなトップをどうするかという時に、健全な組織ならみんなで引きずり降ろすでしょう。数年前うちの近所の精肉会社でもそんなことがありました。いまは労組中心の集団経営で頑張っているようです。

もっとも、健全どころじゃない独裁制あるいは警察国家のような組織で苦しんでいる人たちも少なからずあることでしょう。その場合はご愁傷さまです。でも、何とか頑張って諫言でも押込でもしてみたらどうでしょう。やってみたら案外うまく行くかもしれませんよ。

(講談社学術文庫2006年1000円税別)

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