内田美智子(文)諸江和美(絵)佐藤剛史(監修)『いのちをいただく』
いい本です。
朗読の動画を見て注文しました。
動画はここ。
心を動かされます。
本書はこのお話の絵本に加えて、
有機農法に取り組む農家や
魚への予防接種によって抗生物質の投与を減らすことに成功した水産業者、
そして、食育に取り組む保育園の園長先生、という
3名のインタビューと写真から構成されています。
いろいろと教えられます。
お子さんのいる家庭にかぎらず、一家に一冊どうぞ。
いい本です。
朗読の動画を見て注文しました。
動画はここ。
心を動かされます。
本書はこのお話の絵本に加えて、
有機農法に取り組む農家や
魚への予防接種によって抗生物質の投与を減らすことに成功した水産業者、
そして、食育に取り組む保育園の園長先生、という
3名のインタビューと写真から構成されています。
いろいろと教えられます。
お子さんのいる家庭にかぎらず、一家に一冊どうぞ。
これはまたストレートなタイトルの本ですが、読んでみると確かに驚くべきことだらけの内容でした。ここで具体的に書くのは控えておきますが。
へぇー、そうだったんだ。
何しろ情報源は現地の朝鮮日報や中央日報のようなれっきとしたマスコミの報道ですから、信じないわけにはいきません。
同胞への警告でも日本人に読ませたくない内容は、翻訳に規制をかけると同時に、わが国のマスコミも遠慮して報じないというのが実情のようです。
著者にはソウル特派員時代からこの種の記事を徹底的にフォローしてきたという強みがあります。
かの西村議員の「暴言」の元ネタもおそらく本書だったんでしょう。
それにしても、時と場所をわきまえないと逆効果になっちゃう発言でした。あえて狙っていたのかもしれませんが。
いろんな意味で勉強になります。
(新潮新書2013年720円税別)
コミュニティデザインというのは今ひとつよくわかりませんが、本書を読んで、少しだけ理解できた気がします。
地域おこし、町おこしということで言えば、とにかく地元の人びとと、とことん話をすることが大切だと言うことは確かです。結局住民が中心にならないとどんなに派手なイベントを成功させても打ち上げ花火で終わっちゃいますから。
それと、直接には関係ないことですが、本書と平行して収録された番組の中で、学生を集めてブレインストーミングさせたりする仕方は授業でも使えそうで、参考になりました。
学生は学生で知識も経験も乏しいので、これはこれで大変だろうなと思いますが、地元の人びとと問題を共有しながらいい知恵を出し合うというのは得難い経験になることでしょう。
と、つい教育効果を考えてしまいますが、住んでいる人たちもまた素朴で素直な人たちばかりでないのは都会人と変わらないので、美しい話ばかりではありません。
それから、都会も再開発の中で高齢化とともにゴーストタウン化し、買い物難民が出たりし始めていますので、話は田舎とか中山間地だけにとどまらない時代に入りつつあります。
これからも何かのときに再びひもとくことになりそうな本です。
(NHK出版2012年1,300円+税)
著者の本は時系列に沿って読んでいくと、一つの問題が次々と展開されて説得力を増していくことがわかり、感心させられます。
脳科学の最新の知見をわかりやすく紹介してくれる好著です。脳科学や心理学の実験結果がたくさん紹介してありますが、なんと英語の文献注だけで207を数えるのには驚かされました。
普通はこれだけ文献が出てくると固い学術論文集みたいな語り口になりそうですが、本書に限らず、著者が書くものはいつもわかりやすく親切です。
脳科学の発見で私が驚かされたのは、
昨日読んだ本と同じ頃に出たものなので、重なるところもありますが、本書では、トリウム熔融塩炉による発電の可能性などが具体的に書かれています。
地下1000メートルに原子炉を作るという案は安全性についても考えぬかれていて、なかなかのものだと思います。
マスコミが遠慮して取り上げないホルミシス効果についてもきっちり書かれていて勉強になります。科学の成果はせいかとして、まずは事実として承知しておかなければお話になりません。その上でどういう政策をとるかということですね。
また本書では「行政手続法」が故盛田昭夫氏の主導で作られたことにも触れられていて(83頁以降)、そうやって条文を読んでみると、味わい深いものがあることがわかりました。
それから「セレンディピティ」(いわゆる「ひらめき」のことです)についても著者が学んだ自由学園の思い出とともに説得的に語られます。
著者の情報収集力と、独特のひらめきにはいつも驚かされますが、単純な偏差値教育を受けてきた人でないことが幸いしているんでしょう。
著者が提言する頭の使い方は以下のとおりです(42頁)。
昨年出た本ですが、今読んでも古くなっていません。十分参考になります。昨年の出来事も振り返ることができていいです。
いつもながら、他の論者が決して指摘しないことがたくさん書かれています。ここでもそのいくつかを挙げてみます。
壊れかけた登場人物4人の痛々しい恋愛が、それぞれの視点から語られます。作家はこの登場人物の若者たちをそれぞれに大切に、丁寧に、そして、愛おしみながらも深くえぐるように描き出しています。
以前読んだ本です。もう一度参照したいと思って自分の本棚を探しましたが、ずっと行方不明になっていました。
授業に使わなきゃと思って本腰を入れて探しても見つからず、本棚は整理されたものの、これは買い直しかなと思っていたら、家内の本棚から出て来ました。うーん、これはいくら探しても見つからなかったはずです。
それはそうと、改めて読みなおしてみましたが、やっぱり名著ですね。特に、応報戦略を超える直感的な判断の有効性について、ご自身の説の撤回も含めて、誠実に描写されている点が、すごいなと思いました。
著者のようにメジャーな学者の中には「自分は昔から天才だった。それも生まれたときから」みたいなことを言いたがる人がありますが、そういう俗物根性と無縁なところが素晴らしいです。また、そうした素直さが、著者の国際的にも評価の高い諸業績につながっているのでしょうね。
社会心理学に無縁の人にもおすすめできる分かりやすさと、十分な知的刺激を兼ね備えた本です。
来週、本書を題材にして、社会的ジレンマや限界質量の問題を学生たちと一緒に考えてみたいと思っています。
(PHP新書2000年660円税別)
東京近郊の私鉄沿線の街に自分を持て余しながら悶々と暮らしている人びとが登場する連作短編集です。10編で10人、それぞれが少しずつ関係しています。
最後の一編を除いて、みんな自分がここにいるべきでないと感じながら、かといって他に行くでもなく、現実から妄想・妄念の世界へとトリップしそうになりながら(最後の一編は本当に海外に行ってしまっているのですが)、何となくそこに居続けています。
中三の娘が本書の最初の短編を読んで、後は読む気がしなくなったと言って投げ出したので、その後を受けて読んでみましたが、確かに中学生には読み通すのがつらいだろうなと思いました。
これが東京などのませた中学生だったら、また違うかもしれません。田舎でのんびりした暮らしをしていると、このような東京近郊の空気はわからないでしょうしね。私は学生時代に住んでいた江古田あたりをついつい思い浮かべてしまいましたが、作品の舞台はどうやらもっと都心から離れたところのようですね。
それにしても、登場人物たちのやるせない感じは身につまされます。昔観たフェリーニの映画『甘い生活』の「苦さ」を思い出しました。しかし、それよりももっとずっとどん詰まりの感じがするのは作家の筆力が半端でないからでしょう。よくここまで書けるなあと感心します。
文章も構成も抜群にうまい作家だと思います。ただ、個人的には、同じような連作短編だったら、奥田英朗の『ララピポ』の方がどこか軽くて好みです。
(光文社文庫2007年495円+税)
昔ハンガリーに留学していたとき、著者の訳したウィーラン『キャパ、その愛と死』を読んだことがあります。このときの記憶が変成してしまい、本書を読み始めるまで、その訳書が著者の本だと思い込んでいました。
で、そのときのこれまた変成した記憶から、キャパの「崩れ落ちる兵士」という写真が戦場で撃たれた時の写真ではなくて、演技してもらったものを撮ったことについてはまず間違いないだろうと勝手に思っていました。
しかし、それは、原著者のウィーランの疑念の一つに過ぎず、原著者本人が否定していたんですね。
で、そのときの翻訳者であった沢木耕太郎氏は、この20年以上、この疑問にこだわり続け、現地あるいはニューヨークやパリを何度も訪れ、ついに一連の説得的な仮設に到達したのが本書というわけです。
すごいです。ここには新たな幾つものドラマが含まれています。ネタバレになっては申し訳ないので書きませんが、書名通り、キャパは重たい十字架を背負っていたんですね。
すばらしい。お勧めです。
(文藝春秋2013年1500円+税)
タレブのエキセントリックなノリは『ブラック・スワン』に先立つ本書ですでに全開だったんですね。最初から思いっきり飛ばしています。
本書はウォール街のトレーダーたちの生き方も活写されていて、この恐ろしい環境の中で、タレブの人生観と思想が培われてきたことがよくわかります。
たとえば、7年間勝ち続けたあとの1週間ですべてを失うトレーダーの勝ちが、偶然の積み重ねだったに過ぎなかったりする様子が、おそらくは架空の登場人物について語る手法で描かれます。
人間の愚かさの見本市ですが、自分もまた例外でないことをタレブは本当によくわかっているから、こんな本が書けるんですね。
細部のエピソードや言及されている本も参考になります。
本の最後に、「どんなときでも、sapere vivereの(「人生を悟った」)態度を示すのだ」(301頁)という序言は、偶然性を格闘してきた著者ならではの言葉で、説得力があります。
「レイディ・フォルトゥナ[運命の女神]の意のままにならないのは、たった一つ、あなたの振る舞いだけだ。幸運を祈る」(同頁)
(望月衛訳ダイヤモンド社2008年2000円+税)
タレブらしい箴言集です。
生真面目な人は読まない方がいいかもしれません。
箴言集なので、いつどこから読み始めてもOKです。
いろいろなことが読み取れる箴言ですが、
ここではよけいな感想は言わずに、
私が気に入ったものを7つだけ挙げておきましょう。
・人が褒め言葉を使うのは自分のプライドを脅かさない相手だけである。それ以外の相手を褒めるときはだいたい、「えらそうに」なんて言葉を使う。
・幸せについてのカンファレンスに行ってきた。研究者たちはとても不幸せそうだった。
・明晰な頭は勇気の申し子だ、逆ではない。
・二つのうちどちらを選ぶか迷ったらどちらも選ぶな。
・カモは、お金で欲は収まる、薬物で中毒は治る、専門家で専門家の問題は解決できる、銀行員がいれば銀行商売ができる、経済学者がいれば経済がわかる、そして、お金を借りて浪費すれば債務危機が終わると思っている。
・有能な人たちがいいことをしようとして最悪の被害をもたらしてきた。無能な人たちがいいことをしようとせずに最高の改善をもたらしてきた。
・私が尊敬するのは、ヒトモドキどもが世間の目を気にして小さくなっているときに、立ち上がれるだけの知識と勇気を持つ、そんな人である。小賢しいだけならバカでもなれる。
全編こんな感じです。勇気を与えられて、気合いが入ってくる本です。
(ダイヤモンド社2011年1,500円+税)
宗教音痴の日本人に向けて、宗教とはどんなもので、なぜ必要なのかということを、丁寧に解説してくれるありがたい本です。
死生観、宗教体験、ご利益、モラル、究極の親としての神という五つの視点から、各宗教間の相違が語られますが、宗教美術や文学、歴史などにわたる著者の該博な知識にも教えられることが多く、勉強になります。
日本人の無宗教的態度については「日本の共同体の倫理は、宗教の倫理と同じ働きをしています」(143頁)とのことで、「日本には、日本人だけが信じ、実践している日本教という宗教が存在する」という指摘は確かにそのとおりで、
「そうした日本教という隠れた宗教があるからこそ、日本人は一見、宗教なしに倫理や道徳を確立しているように見えてくるのです」(同頁)
ほんと、そうですよね。外国人はみんなここのところを不思議に思っていますもんね。
さらにこの著者の指摘はそれだけにとどまらず、この日本教の場合、(唯一絶対者の一神教と違って)「自らが究極の親としての神」にならざるをえず、祖先崇拝という形の中で、「自分自身が神となることで、絶対的は存在にすがらないでもすむ社会を作り上げてきた」(169頁)と言います。
なるほど、日本人は自分の心の中に絶対者をくくり込んでいるとは思っていましたが(山本七平の指摘などにより)、祖先崇拝が自ら神になることを含んでいたとは気がつきませんでした。この見方を教えてくれたことについて、著者に感謝したいと思います。
社会心理学の教科書のスタンダードな体裁をとらず、この学問自体を鳥瞰する視点に立って各トピックを大胆に編成しなおした本です。
これまでの教科書は、人間の様々な社会行動を分析する社会実験とともに総花的に羅列するところがありましたが、個々の社会行動同士のつながりは、極端にいえばアメリカの教科書の目次にそっている以外のものは示されていなかったように思われます。
著者たちはこれに対して、環境に適応する行為者としての人間を柱にして(適応エージェント)、しかし、個人レベルと社会レベルでの出来事の現れ方の違いを意識しつつ(マイクローミクロ関係)、社会行動を統一的かつ実証的に理解する視点を提供しています。
そう言うと難しく聞こえますが、要は、社会行動についての統一したものの見方を提示しているということです。そして、明快な記述で読みやすい教科書になっています。
個々の実験や研究成果も改訂で近年のものが取り入れられていて、学会の現状が文献情報とともにきっちりとフォローされているのがありがたいです。
個人的には進化心理学的アプローチを推し進めている諸研究について少し立ち入ってフォローしておきたいこともあり、文献情報がありがたかったです。
これも学生に勧めておこうと思います。
(有斐閣アルマ2010年1900円+税)