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2013年8月31日 (土)

松長有慶『空海 般若心経の秘密を読み解く』増補版

空海によれば、般若心経は大乗仏典の「空」の思想のエッセンスではなく、仏教のあらゆる教えを含んだ経典だとのことです。

したがって、単なる通り一遍の読み方ではなく、象徴的で深い読みに加えて、その読みを現実世界の中で体感できるような創造的読解力が必要とされるらしいです。

空海の著作『般若心経秘鍵』はそうした目的で書かれた本だということで、本書はその解説と逐語的注解を試みています。

なるほど歴史的脈絡と、空海のユニークさはわかりましたが、その空海のすごさの中心が、どうも言語的には表現できるものではないらしく、本書だけからでははっきりとはわかりません。

『声字実相義』からの汎リズ無論の引用などは「おお、」と思わされますが、般若心経のどこをどう読むとすごいことになるのかは、これというところが見つかりません。

般若心経は歴史的には霊験あらたかでありがたいお経として、世界各地で人びとが書写し、唱和してきたという事実はあります。

唱えるだけでもいいことがあるというのは宗教的には面目躍如たるものがありますが、「わけもわからずに唱えていいことがあるのだろうか」とつい考えてしまいます。

このあたりはとりわけ真言密教ですから、空海が恵果から伝授されたように、師から直接に受け継がなければならないのかもしれません。

しかし、在家のままでは無理と言われたとしたら、それはそれで面白くないので、今後本書で紹介されている文献の幾つかを読んでみようかと思っています。

(春秋社2013年増補版、2,100円+税)

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2013年8月29日 (木)

ジャレド・ダイアモンド『昨日までの世界ー文明の源流と人類の未来』[上]倉骨彰訳

ようやく上巻を読み終えました。内容がぎっしり詰まっていて、読み通すのに時間がかかります。

人類学的知見に基づいた文化・文明の考察ですが、いろいろと驚かされること、教えられることが出てきます。著者のスタンスも、文明化されていない社会のありようから現代人が学ぶべきことを謙虚に探そうとしていて好感が持てます。

それにしても、人類は昔からつい最近に至るまで本当にしょっちゅう殺し合いをしてきたんですね。著者だけでなく、ガットやピンカーも述べているように、人類の死因の4分の1(男性は3分の1)は殺人だったんですね。

また、ニューギニア高地人の交通事故の対処法や、世界各地の姨捨ないしは老人殺しの状況なんかにも驚かされます。

著者は記述のいたるところにアメリカの良心的リベラルの香りが漂っていますが、日本に関しては同じリベラルのオリバー・ストーン以上に不勉強なところがあります。(差別的なところは見えませんが。)

中でも日本の原爆の死者を約10万人としたのはちょっと少なく見積もり過ぎかなと思います。最も少なく見積もっても14万人でしょう。ま、本人にとってはどうでもいいんでしょうけど。

下巻を読んだらまた書きます。

(日本経済新聞社2013年1900円+税)

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2013年8月28日 (水)

笹山尚人『労働法は僕らの味方!』

ジュニア新書ですが、若い人はもちろん、必要以上に打たれ強くなっている世の中のサラリーマンにはぜひ読んでほしい本です(そうそう、うちの教職員にもね)。

普通の人が労働法の教科書を最初から読むのはなかなか大変ですが、本書なら小説仕立てで読みやすく書かれています。

しかし、読みやすいからといってレベルが落としてあるわけではありませんし、条文も適宜引用され、内容はきっちりまとまっています。

著者は他の本で、世の中の企業で労働法を守っていないところが山ほどあると述べていましたが、確かにそうなんですよね。実際、過半数代表者の署名をとらずに労働条件を変更するなんてことを平気でやってくるところはたくさんあります。

本書は高校生の主人公のアルバイトと派遣社員のお姉さんが弁護士の叔父に相談する形で話が進んでいきます。身近なところから上手に話を展開させてくれますので、高校生にも理解しやすい内容だと思います。

本書も著者の他の著書と同じように、労働組合の重要性と、労働審判の意義が強調されています。労働審判、一度利用してみましょうかね。

(岩波ジュニア新書2009年780円+税)

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2013年8月27日 (火)

土屋賢二・森博嗣『人間は考えるFになる』

娘がお小遣いで買った本を貸してくれました。

傑作な対談です。お二人とも持ち味がよく出ています。

二人のどちらかの読者なら買っておいて損はありません。

ちなみに娘(14)はこのお二人のファンです。

土屋氏はエッセーと同じく、対談でもいつもの自虐的なギャグを連発する人だということがわかって、ちょっと感心しました。文章の中で作られたキャラかと思っていましたが、ひょっとして年がら年中そんな感じの人なのかもしれませんね。リアクションが絶妙です。

森氏は建築のコンクリートの研究が本業だったんですね。理系のさっぱりした発想と、小説作法のアバウトさが印象的です。

最後にお二人の書いた創作が二編載ってます。土屋賢二初めてのミステリーもあります。

まあ、内容としては毒にも薬にもならないかもしれませんが、とにかく面白かったです。

そうそう、森博嗣の小説未読なので、そのうち読んでみます。

(講談社文庫2007年495円税別)


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2013年8月23日 (金)

岡野雅行『心が折れない働き方ーブレない強さを身につける法ー』

著者は社員わずか5人の町工場を経営しながら、「痛くない注射針」を開発したり、NASAからの注文にも応えるという世界的技術者です。著者の本はほとんど読んでいますが、本書は買い損なっていたので、早速入手して久しぶりに読みました。

本書もどこかで読んだ話題が多いのですが、それでも読んで損をした気分にはさせられません。あらためて学ぶところも多いのですが、何よりその勢いのある語り口が素敵なので、噺家の名人芸みたいな感じで読んでしまいます。

痛くない注射針を開発したりという著者の天才的な仕事ぶりだけでなく、その人間観察力の鋭さに、毎度のことながら深く感銘を受けます。

ここでただ感心するだけで終わらずに、著者から学んだ知恵と得られた勇気を自分の仕事にどれだけ活かすことができるかがポイントですね。

私もまだまだこれからいろんな可能性を追求していきたいと思います。元気が出てきました。

(青春出版社2011年819円+税)

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2013年8月22日 (木)

Walkabout 竹沢うるま写真集

今ちょうど名古屋で写真展が開催されていて、見に行ってきました。

竹沢さんから直接買いました。

サインもしてもらっちゃいました。

本当に素晴らしい写真集です。
帰りの電車の中でも何度も何度も眺めてました。

こんな写真を撮られては、多くの写真家が嫉妬するんじゃないでしょうか。

いやー、写真家でなくてよかった。

家宝です。

一家に一冊、ぜひ。

写真展もどうぞ。
http://www.uruma-photo.com/top.html

(小学館2013年3200円+税)

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2013年8月20日 (火)

髙山正之『変見自在 マッカーサーは慰安婦がお好き』

週刊新潮の名物コラムです。いつも立ち読みしていて申し訳ないので、単行本になったらかならず買うようにしています。

しかしそれにしても、こうしてまとめて読むと迫力があります。著者の情報収集能力の高さは世の中の書き手の中でも際立っています。

本書もまた他でお目にかかれないような驚くべきことが書かれていますが、出典や数字が具体的に示されていて説得力があります。以下備忘録を兼ねていくつか挙げておきます。

・アメリカで第1次世界大戦までに白人によるリンチで「奇妙な果実」となって殺された黒人は2732人に上る(46頁)

・気に食わない女性に硝酸をかける事件はパキスタンでは年間150件以上に上る(73頁)

・アメリカが19世紀末にフィリピンを植民地にしたとき「殺した地元民は20万人くらい」と上院公聴会の報告書にある(75頁)

・レーニンは皇帝一家を皆殺しにし「富農を毎日百人ずつ」吊るさせた。革命の犠牲者は900万人に上った(130頁)

・日本の9月2日の降伏調印後は警視庁管内だけで1日に46件もの米兵の性犯罪があったと読売報知紙が伝えている(157頁)

・戦後の米軍からの無償援助だった、本当は豚の飼料のトウモロコシを、マッカーサーは勝手に有償援助にして日本から18億ドルをふんだくった(193頁)

本書のタイトルは言うまでもないことですが、マッカーサーが日本に慰安婦の供出を要求したという史実に基づいています。

世間では、まずは事実を見ることから始めないととか言われますが、その事実がこうして並べられると、都合の悪いことは見たくないという気持ちにさせられる人は少なくないでしょう。でもやっぱり見なくちゃ。

(新潮社2013年1400円税別)

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2013年8月15日 (木)

野林健・大芝亮・納家政嗣・山田敦・長尾悟著『国際政治経済学・入門』(新板)

教科書選定のために読みました。今は第3版が出ています。

この分野の標準的な教科書ですが、グローバリゼーションについてきっちりと考察されていることもあって、長く読み続けられているのでしょう。

教科書ですからいろんな理論や事象に網羅的に触れざるをえないところはありますが、全体に政治と経済が複雑に絡まりあった国際社会の現状について、うまくポイントが絞られていると思います。

これをもとに基本的な事項や概念の確認ができるだけでも、教える側としては助かります。学ぶ方としても勉強しやすい問題を設定するつもりです。

といっても、まだ科目が本決まりではないのですが、「国際政治経済学」がカリキュラムに入ることになれば、本書を教科書にしちゃいましょう。
第3版の改訂具合も楽しみです。

(1996年有斐閣2003年新版、2000円+税)

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2013年8月 7日 (水)

福島香織『中国絶望工場の若者たち 「ポスト女工哀史」世代の夢と現実』

以前中国人留学生の中に二人農村戸籍の学生がいて、周囲から徹底して差別されていました。一人が体調が悪くなって倒れても他の学生たちは誰も助けようとせず、そこまでするかと思ったことを覚えています。

農村戸籍のまま中国の都会で働く「農民工」は中国の目覚ましい経済発展を支えてきたのですが、その農民工も第二世代、第三世代になってくると、随分気質が変わってきているようです。

本書はいつもながら現地で丹念に取材を重ねて書かれたルポルタージュで、人びとの生の声を拾ってくる取材力には感心させられます。

それと、これもいつもながらのことですが、著者の取材相手に対する自然な敬愛の情が感じられ、読んでいる方もほっとさせられます。

中国の経済発展は国内に農民工という奴隷制を抱え込んでいることによって成り立って来ました。その農民工が徐々に変化しつつあるとき、中国社会も根本的に変わっていくのかもしれません。著者は言います。

「第二代農民工のその数とエネルギーは、ひょっとすると中国を変えていく力になるかもしれない。集団の行動力で環境を変えるというストライキ成功体験が企業の外にも向かい、中国の社会構造を変えていこうとすることもあるかもしれない。そのとき、日本企業は彼らの市民としての目覚めを後押ししていくことは可能なのか」(215頁)

儲けることばかり考えていては、連帯はできないでしょう。企業に義を期待することができるようになるのは、日本社会がこれまでの殻を破って成長したときでしょうね。そんな日が来る夢はまだ持っていたいと思います。

(PHP研究所2013年1,400円+税)

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2013年8月 6日 (火)

西尾広弥『味毒三昧 探偵小説で学ぶ、大人の男の英文読解講座』

ハードボイルドにはまったく疎かったのですが、素敵な本書を手引きとしてこれからちょっとずつ読んでいこうと思います。

ハードボイルド系の探偵小説には、粋な主人公が出てくるな、くらいの知識しかありませんでしたが、ハイデガーの哲学やバークの政治哲学からの引用も適切になされていて、驚かされます。

お酒や食事や房事についてもこだわりが半端ではないのが「大人の男」の小説なんですね。なるほど。朝飯なんか大変な量を食べてますね。

著者のことは個人的に存じ上げていますが、短大の先生なので、教育上の配慮からか、本書はペンネームで書かれています。

軟派な面だけでなく、ところどころに現代文明批評も散りばめられていて、これはまさしくハードボイルドです。たとえばこんなところ。

「利益という名の欲で経済がまわり、そこで頭角を現したものが社会をリードし政治を動かしているのが今の世の中だとは、皆が知っていることだ。でも、その流れに押されながら踏みこらえて、欲ではなく愛とか、志とか、信条(真情でもいい)とかを礎に生活を築き、周囲と関わろうとしている人々がいて、かれらのお陰で世の中がなんとか生きていける場になっているのだということくらい、40年、世の中で本当に生きてきた人なら、皆、分かっている」(30頁)

著者ご自身が、武術と酒と小説を愛する野武士のような人物です。奥さんはアメリカ人だそうですが、さては奥さん、武士に惚れたな、とか勝手に思っています。

取って付けたようで申し訳ないですが、英語と英語圏の文化についての解説も大変勉強になりました。こちらの面でもお勧めです。

(2012年文芸社1,200円+税)

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アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』木島一憲、清水知子訳

現代マルクス主義思想家コンビの政治的プロパガンダです。

マルクスをきっちり受け継いでいて、めっちゃロマンチストです。

勝者総取りで格差が拡がる世界的趨勢の中では、今後ますます人気が高まるかもしれません。

著者たちは「アラブの春」を高く評価していますが、今ちょっと恥ずかしいことになっています。

著者たちはスペインで広場に泊まりこんで反政府抗議活動をした経験から、人びとの連帯(「共」コモンとか言ってます)について極めて楽観的な見通しを持っているようです。

でも、そう簡単には行かないでしょう。と、労働組合の運営に苦労している身からすると思ってしまいます。

このあたりの具体性のなさと、ヒューマニズムに対する全面的な信頼については、マルクスの系譜に連なるだけのことはあります。

要するに、インテリのナイーヴさ全開です。気の毒なくらいです。

でも、わが国の進歩派には結構ウケるんじゃないでしょうか。

(NHKブックス2013年1000円+税)

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2013年8月 2日 (金)

キャス・サンスティーン『最悪のシナリオ 巨大リスクにどこまで備えるのか』田沢恭子訳・斎藤誠解説

最悪のシナリオというのは、めったに起こらないだけに、もしも起こったときには取り返しの付かないほど壊滅的な惨状を呈するような出来事のことです。

それで普通は想定外のこととしてうっちゃっておかれますし、お金がかかることだとますます無視されます。

しかし、テロや地震や津波は本当に忘れた頃にやってくるから困るんです。

著者は費用便益分析からして得にならないことはみんなますますやりたがらないということを丁寧に調べてくれています。京都議定書をどうしてアメリカが批准しないかというと、対費用効果が小さく、損になるばかりだからだということを露骨に示して見せてくれます。

その結果人類全体がいつかは取り返しのつかない事態に立ち至るということがわかっていても、やはり批准しないというのはアメリカ人が愚かだということはもちろんですが、アメリカ人だけの問題ではないということを著者は思い知らせてくれます。

要するに人間は愚かだという元も子もない現状があるわけですが、少しはこの「最悪のシナリオ」について考えておいたほうがいいんじゃない、というのが著者の控えめな主張です。

著者はアメリカ大統領府情報規制局の長官という実際に権限を持った実務家でもあるため、常に対立する見解を丁寧に拾って、議論の可能性をいろいろと検討しないではいられないようです。

そのため、一般読者としては読んでいてどことなくスカッとしないところがありますが、それでも、先の著者の学術論文よりはずっと読みやすかったです。

「最悪のシナリオ」というのは、タレブが「ブラック・スワン」と読んでいた問題と同じことなのですが、著者の性格次第で同じ問題でもこんなにアプローチが違うのには驚かされます。

同じ読むならやはりタレブのように面白いほうが個人的にはありがたいですが、そんなことを言っていると、法哲学者の偉いさんなんかからは馬鹿にされるんでしょうね。ま、慣れてますけど。

(みすず書房2012年3800円+税)

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