« 2013年8月 | トップページ | 2013年10月 »

2013年9月29日 (日)

Arnold Benett, HOW TO LIVE ON 24 HOURS A DAY

英語もようやく読んだのでご報告。

比喩が巧みで、気の利いた言い回しがたくさん出てきます。それでいて嫌味なところがないのがすごいと思います。

ベネットは大学教育を受けていませんし、いわば筆一本と独学で作家として成功を収めた人なのですが、自身の努力については一言も触れず、自慢気なところがまったくありません。これはえらいことです。

大したことしてない人ほど威張るという例は今までたくさんお目にかかってきましたが、これくらい自身を飾らない人もまた極めて稀な気がします。

英文はおしゃれなところも含めてそのまま真似したいくらいです。難しいところは渡部昇一の翻訳を見てみると、これまた正確かつリズムよい日本語で訳されていて感心させられます。さすがプロです。

Kindleだと英文を読むのが楽だということもよくわかりました。これから読みかけの本はできるだけKindle版で読むようにします。

| | コメント (0)

フロイト『改訳 精神分析入門』安田徳太郎・安田一郎訳

授業でフロイトに触れるため、読みなおしました。

何年ぶりだろうと思って奥付を見たら、昭和56年22版とありました。

最近はKindle版もあり、上下巻それぞれ500円で売られています。

電子書籍にしては高いかも。上下巻合わせて500円だったら買ってもいいですが。

安田親子による翻訳はいいと思います。人文書院の著作集と比べても遜色ないくらい丁寧に訳されています。

訳者それぞれの序文やあとがきも時代の風潮がわかって面白いです。

「私の翻訳をとおして、日本でもフロイトの名前はいっぱんに有名になったが、日本の異学区者はフロイトの原文を一ページも読まないくせに、さっそくフロイト征伐に乗り出し、私もそのまきぞえで、マルクスとフロイトがたたって、とうとう七年目に官学からたたきだされた。ゲンコツが私へのほうびであった。それほどマルクスとフロイトの名前は日本の官学のお気にめさなかったのである」(安田徳太郎4頁)

息子さんの一郎氏はそうした父上の巻き込まれた状況に触れながらも、「私は本書が発刊後六十年もたった今日、なお多くの人から読まれているのは、指針分析が思想であったことによるのではないか、と思っている」(577頁)と述べています。

これは本当にそのとおりだと思います。

フロイトは本人としては科学を思考していたことはもちろんですが、思想家としても豊かな才能を持っていました。

おそらく最も重要なのはいわゆる「無意識」の世界の発見です。

「人間の精神には自分が知っているのを気づかずに知っているものがあるという仮説」(110頁)のことです。

これは混沌とした現状を立体的に浮かび上がらせることのできる虚焦点として、理論的に機能します。

また、神話や物語として時間的要素を繰り入れて人間の自我に説明を与えてくれることは、不安な精神状況にある人びとの思想的な足場を固めてくれることになります。たとえ説明がちょっとズレていても、患者にとっては治療的効果があったりしたのかもしれません。

物語や神話の方向にドライブし過ぎるとユンクのようになって破門されちゃうのかもしれませんが、その種もしっかりフロイト自身が本書の中で撒いていたりするので、その可能性を読み込むテクストとしては十分だと感じました。

ラカンなんかが言うことはしばしば芝居がかっていて謎めいていますが、「フロイトに返れ」というのは本気なんだろうなという気がしました。

(角川文庫昭和45年改版初版、昭和56年22版560円)





| | コメント (0)

2013年9月28日 (土)

島田裕巳『プア充 ー高収入は、要らない―』

小説仕立てでわかりやすく書かれています。

いい話です。

小津安二郎の『おはよう』を観終わったあとのようなさわやかな読後感でした。

著者の新たな一面を見ることができました。

戯曲も書かれているとは聞いていましたが、なるほど納得です。たいしたものです。

今の世の中はお金を使わせるような仕組みがいたるところに仕掛けられていますが、これにこだわらなければ年収300万円がちょうどいい感じになるというのも説得力があります。

貧乏だからこそ結婚して、子どもを作るというのもこれまた理にかなってるんですね。

年収が200万円を切ったこともあるという著者の経験も生きているんでしょう。

突然ですが、中沢新一の本は早晩消えても島田裕巳の本は長く読み継がれるような気がします。

今日の悩める若者たちを励ましてくれます。

おすすめです。学生たちにも勧めます。

(早川書房2013年1300円+税)

| | コメント (0)

2013年9月27日 (金)

ベーコン『ノヴム・オルガヌム 新機関』桂寿一訳

本書も読むのは5回目くらいですが、読むたびに感心させられます。

特に第1巻の「アフォリズム」は味わい深いです。

原書と引き合わせながら読むと、独特の良いリズムのある文体です。

生前にシェークスピア本人とみなされていたこともあるそうですので、おそらく文章家なのでしょうね。

何度読んでも感心するのは次のような表現です。

「自然の精細は、感覚および知性の精細に幾層倍もまさっている。したがって人間のあの立派な省察や思弁や論争も的外れのものなのである。ただそれに気付くものが居合わせないだけだ」(10:72頁)

この「自然の精細さ」(the subtlety of nature)に注目するところはほかに13、24あたりにもみられます。理性以前にこれがないと科学は始まらないですもんね。

ベーコンが理性に対してどこかで不信を抱いていることともあわせて、ヒュームにつながるイギリス経験論思想の重要なポイントだろうと勝手に思っています。

ところで、Kindleだと原書のベーコン著作集が100円くらいでダウンロードできてしまいます。ほんと重宝しています。

(岩波文庫1978年660円+税)

| | コメント (0)

2013年9月26日 (木)

デカルト『方法序説』落合太郎訳

本書を読むのは5回目か6回目で、ここ2年くらい読んでなかったので、お久しぶりという感じです。

読むたびに色々と発見がありますが、今回感じたのは、著者の粘り強さです。

あるときデカルトは行動の格率(行動基準)を確認した後、

「それ以来まる九年のあいだというものは、世間をここかしこと巡りあるくことだけで私は何もしなかった」(40頁)

もちろん、何もしなかったというのではなく旅先での人びとを観察し、哲学的に確かなものを得ようと考え続けていたのですが、それにしても、求道者のようです。

こういう思索と旅を経て、「われ思う、ゆえにわれあり」というときの「考える私」の存在を確認するに至ったわけですね。

故池田晶子によると、デカルトは「考える私」を見出したのは偉いけれど、「信じる私」を見ようとしていないという重要な指摘がありましたが、信仰についても本書の中でチラチラと触れてはいます。本気かどうかは定かではありませんが。

この点では、デカルトは「もし欺かれるなら私は存在する」というアウグスティヌスと比べると、人間の思考を脳天気に信頼し過ぎているという指摘(ドーソン他『アウグスティヌス』服部英次郎訳筑摩叢書) があって、これが脳裏に焼き付いています。

これは要するに「神思うゆえにわれあり」ということなんでしょうね。ウォーコップの『ものの考え方』(講談社学術文庫)の中の記述「われわれは神の他者なのである」も思い出してしまいました。

デカルトの文章は一文は長いですが、明快を旨として書かれています。新訳も出してほしいものです。

(岩波文庫1953年)




| | コメント (0)

2013年9月25日 (水)

内村鑑三『聖書の読方 来世を背景として読むべし』

Kindle端末でダウンロードして読みました。

青空文庫なのでネットでも読めます。

もちろん無料です。

それにしても、熱い講演草稿です。

当然といえば当然ですが、聖書の引き合いの出し方が自在で見事です。

最初に「聖書は来世の希望と恐怖とを背景として読まなければ了解らない、聖書を単に道徳の書と見て其言辞は意味を為さない」と言って始めます。

そうですね。ここに一つの壁があります。

この壁を神への愛と人びとへの愛でもって乗り越えられたのが内村鑑三のえらいところです。

当時講演に足を運んだ人は、話の最後に「祈りましょう」と言われて素直に祈ったといいます。

非信徒も動かす力があったことは、本書を読んでも伝わってくる気がします。

なお、不敬罪の後名古屋学院に身を寄せていた内村鑑三は一転何も語らず畑を耕してばかりいたそうです。

偉い人です。

(青空文庫Kindle版)

| | コメント (0)

2013年9月16日 (月)

Jeremy Taylor, ANGOL-MAGYAR VICCGYŰJTEMÉNY: ENGLISH-HUNGARIAN JOKE BOOK (translated by Dorottya Finta)

英語とハンガリー語のバイリンガルブックで、100のジョークが集められています。

ジョーク自体はイギリス人の著者によるイングリッシュ・ジョークなので、時々ハンガリー語に訳しても意味のないものも含まれていました。

そもそもジョーク集は国民によって笑いのツボが違うこともあり、ハンガリー語どころか日本語に訳すともっと笑えなくなったりしますが、本書はなかなか秀逸なものが収録されていました。

私の場合、ハンガリー語の教材研究用に購入しましたが、英文だけ読んでも結構楽しめる本です。

なお、Kindle版なので、音声付きです。ただ、ハンガリー語の音読は英語流に自動的に発音されている奇っ怪なものでした。

また、ハンガリー語の校正があまりされていなかったようで、誤植がちらほらあります。それから誤訳もいくつかありました。

それでも、この中からいくつかはハンガリー語の教材に使おうかと思っています。紙の本ではないなので、ちょっと使いにくいですが、ディクテーションとかには使えそうです。

と、ここまで書いて、いくつか小咄を紹介しようかと思って読み直してみましたが、二つくらいしか紹介できるものがないことに気がつきました。翻訳すると余計つまらなくなったりしますが、その二つを紹介しておきます。

男(空港で) 「ピアノを持ってくればよかった」
女       「どうして?」
男       「ピアノの上にチケットがあったんだ」


二人の男が通りを散歩していた。
突然一人が立ち止まる。
「おお、神様! あそこで俺の妻と愛人が話をしている!」
「ええーっ! ちょうど俺もそう言いたかったんだ!」
(Amazon.com Kindle版2011年300円)

| | コメント (0)

2013年9月13日 (金)

金丸弘美『実践! 田舎力 小さくても経済が回る5つの方法』

いい本です。

中心市街地活性化や中山間地活性化の実例がたくさん出てきます。
よくまあこれだけ全国を取材して回ったなあと感心させられます。

全国各地に様々な元気な人がいて、工夫を重ねては実践し成功している事例がこれだけあると、元気も出てきます。

私が関係している岡崎市ももっとやれることがありそうです。

知人にお借りして読んだ本なので、あらためて買って手元においておこうと思います。傍線を引いたり書き込んだりできませんからね。

地域の力を引き出すのに寺子屋的な知とパワーの集積所を作るのが有効だということもわかってきたので、この辺りもう少し考えてみたいです。

(NHK出版2013年)

| | コメント (0)

2013年9月11日 (水)

アーノルド・ベネット『自分の時間 1日24時間でどう生きるか』渡部昇一訳/ Arnold Benett, HOW TO LIVE ON 24 HOURS A DAY

最近電子書籍端末の Kindle を購入し、この原書が無料でダウンロードできることを知ったので、早速読み始めました。

Kindleは辞書機能も付いているので、紙の辞書をひく手間が省けて、英文も快適に読めます。これはなかなかのスグレモノです。

ベネットの原書は2章まで読んで、その語り口の見事さに感心させられましたが、今朝本棚に渡部昇一の翻訳を見つけて、ついついその先が読みたくて、通勤途上で読んでしまいました。

英語の文章はのちほどゆっくり味わうことにして、ここではその訳書の感想を述べておきます。

記述は具体的で、自分を磨くための時間の確保の仕方が丁寧に説かれています。

・早起きをして、効率のよい時間をかつようすること
・意気込みすぎずに小さな達成から始めること
・内省する時間をもつこと
・通勤時間を活用すること
・1日90分を週3回ほど確保すること
・自分の専門分野を作ること
・ユーモアのセンスを忘れず、ほどほどに努力すること

などです。

読者へつねに語りかけるようなスタイルで、ユーモアも散りばめられていて、親しみが持てます。ベストセラーになったのも道理です。

翻訳は見事で、解説も行き届いています。ベネットの人となりもわかります。

英語の表現としてもいろいろ勉強になります。これから暗唱するつもりで楽しみます。

(三笠書房1990年480円)

| | コメント (0)

2013年9月10日 (火)

浅川芳裕『日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率』

「食料自給率」というのは日本の農水省だけが採用しているいわばガラパゴス的基準で、農業利権を守るための政策へと誘導するための目眩ましとしての役割を、これまで見事に果たしてきたんですね。

本書を読んで、よくわかりました。

著者はTPPを歓迎する立場の論客ですが、その根拠は日本農業の底力に対する信頼で、本書はTPPのことは出てきませんが、TPP反対論者も食わず嫌いにならずに目を通しておくべき本だろうと思います。

それにしても、農水省の小賢しさが実に見事に活写されています。マスコミも見事に洗脳されてきていますので、日本の農業は弱いという先入観を拭い去るのは容易ではありません。

しかし、本書にも紹介されているように、現実に農業で成功している意欲的な若い人々が全国に出てきているので、いずれはそうした事実が共有されるようになるでしょうね。頼もしい限りです。

今わが国で一番ダメなのは官僚と官僚化したサラリーマンでしょうね。これは労働人口の7割にのぼりますが、江戸時代の農民と同じ割合です。長いものに巻かれるだけで終わってはいかんでしょうにねえ。

(講談社+α新書2010年838円+税)

| | コメント (0)

2013年9月 4日 (水)

内田樹『修業論』

面白かったです。

合気道家として修行を重ねてきた著者ならではの次のような考察です。

「身体技術の向上は、ほとんどの場合、『それまでそんな身体の使い方ができるとは思ってもいなかった使い方』を発見するというかたちをとる」(80-81頁)

「身体技法の修業では、『私の身体にはこんな部位があって、こんな働きをするのか』という驚きに満ちた発見が繰り返し起こる」(174頁)

これ、ホントそうなんですよ。

私も40代から古武術を参考にしてバスケをしていますが、肩甲骨を自由に動かしたり、体を捻らない動きを活かしたりすることで、いまだに著者の上述の表現と同じような感覚で日々上達を実感しています。

新しい技を体得するというのは終わりがない気がします。私も今年で55歳になりますので、そろそろ動くのが厳しくなるかなと思っていますが、まだ学生たちと一緒にゲームに出られています。これは古武術のナンバ走りの効果です。

これから超ロングシュートのフォームを固めるため、体育館に行ってきます。

なお、本書は武術だけではなく、龍馬や司馬遼太郎やレヴィナスの話も出てきて、それぞれに興味をそそられました。

(光文社新書2013年760円+税)



| | コメント (0)

« 2013年8月 | トップページ | 2013年10月 »