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2013年11月 5日 (火)

ヘーゲル『小論理学』(上)(下)松村一人訳

読んだのはこれで3度めになります。

この独特の「論理学」は一貫してヘーゲルの強烈な情念によって支えられています。

この情念は創造力につながり、思想は単に人間が頭のなかで考えているだけにとどまらず、自らの矛盾を抱えながら「概念」→「理念」→「絶対理念」へと成長していきます。

そしてこれがまた現実性を兼ね備えていくというのだから、以前にカントが考えていたような「理性」とは随分違っています。

ヘーゲルの理性の論理学には成長譚があり、歴史哲学があり、生命進化論が含まれているので、論理学と言っても形式論理学が扱えなかった時間の問題を組み入れた妄想の論理学です。

「妄想」といっても、危ない方向に現実化しうるパワーを秘めているのが、ヘーゲル論理学の魅力になっているのだと思います。この怪しい部分を継承したのがマルクスなのでしょう。

いずれにしても、人間が「考える」ということをここまで突き詰めて考えた人はそうはいないでしょう。

「理念は、これをさまざまの仕方で理解することができる。それは理性であり(これが理性の本当の哲学的意味である)、さらに主観即客観であり、観念的なものと実在的なもの、有限なものと無限なもの、魂と肉体との統一であり、その現実性をそれ自身において持っている可能性であり、その本生が現存するものとしてのみ理解されうるものである、等々。なぜなら、理念のうちには理性の相関のすべてが、極限の自己復帰と自己同一においてではあるが、含まれているからである」(212頁)

個々の言葉にこだわり過ぎると頭が痛くなりそうですが、本人の気持ちだけは十分すぎるほど伝わってきます。本当に不思議なテクストです。

(岩波文庫1980年30刷、上450円、下400円)

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