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2014年9月29日 (月)

ヘーゲル『小論理学』松村一人訳

『哲学入門』を読んだついでに、やはり気になって『小論理学』を再読。今日は東京行き帰りの新幹線(こだま)の中で5時間ヘーゲル三昧でした。上下巻とも目を通しましたが、今の私の関心では、やはり下巻の本質論と概念論が興味深かったです。

覚書も兼ねて印象深い箇所をここに引用しておきます。

「理念は、これをさまざまの仕方で理解することができる。それは理性であり(これが理性の本当の哲学的意味である)、さらに主観即客観であり、観念的なものと実在的なもの、有限なものと無限なもの、魂と肉体との統一であり、その現実性をそれ自身において持っている可能性であり、その本性が現存するものとしてのみ理解されうるものである、等々。なぜなら、理念のうちには悟性の相関のすべてが、無限の自己復帰と自己同一においてではあるが、含まれているからである」(212頁)

ヘーゲルは人間が思考する際にはいつも、ほとんど無限の、神に近い創造性が絶え間なく示されているということに気がついて、伝統的形式論理学を作りなおしてしまったようなところがあります。それで、論理の中に時間や歴史的価値や目的を全部取り入れてしまいました。弁証法論理はそれが可能なのだということを示してみせたことは、やはりヘーゲルの偉大な発見といえるでしょう。

ヘーゲルの文章は独特の用語が積み重ねられて難解なところは多々ありますが、ポストモダンの哲学者みたいに難解さを衒っているわけではありません。ドイツ語原文はドイツ語の基本的な語彙をその原義から丁寧に組み合わせて体系化しようとしています。

思考は複雑で重層的(時折身勝手)ですが、文法的にはむしろ単純なくらいです。著者の情熱は痛いほど伝わってきますが、その気持をさらに別の人に伝えようと思ってもなぜかできないというもどかしさもあります。単なる内容の受け売りでは、さっぱりわからなくなるのがオチです。

ところで、本書でも時折展開される宗教的議論に関しては、ヘーゲルは実にわかりやすい(しかも熱心な)クリスチャンです。善悪のとらえ方などストレート過ぎるくらい典型的です。神についてはこんなにわかりやすいことを言う人が、えらくややこしい哲学を展開するというそのギャップにも興味深いものがあります。

このついでに『大論理学』も再読しましょうかね。

(岩波文庫1978年改版)

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2014年9月28日 (日)

ヘーゲル『哲学入門』武市健人訳

ヘーゲルの著作の中では本書を一番繰り返して読んでいます。あと、『小論理学』もですが、特に本書は概念と理念の関係について実に味わい深い表現を与えてくれているので、原初の該当ページをコピーして文庫に挟み込んで、対照させながら読むと時間を忘れます。

このあたりのことは本書は『小論理学』よりも明解ですし、大部の『大論理学』には詳細に展開されているかと思うと、実は期待しているような記述が出てこなかったりします。例えば、

「概念は一面から云えば主観的であるが、また一面では客観的である。理念(Idee)は主観的なものと客観的なものとの統一である」(158頁)

「理念は十全な概念(der adäquate Begriff)である。そこでは客観性と主観性は同じである」(290頁)

こういうところをアリストテレス以来の形式論理学との異同や思想史的な背景をある程度踏まえた上で読んでいくと、ヘーゲルというのはつくづく大胆というかアクロバチックなことを考えていた人だったんだなと感心させられます。

もっとも、感心はさせられますが、ヘーゲルは哲学が文章として読みにくくなったきっかけを作った人でもありますので、ヘーゲルの呪縛力のある文章の影響圏を脱し、ここは私自身が何に感心しているかということをできるだけわかりやすくまとめることでヘーゲルの亡霊に対応したいと思います。

とりあえず明日の講義の準備をしている時に気になったので読みましたが、ちょうど今取り組んでいるカント以来の当為と存在の論理についての問題にも深く関わります。このあたりの議論をわかりやすくするのは骨が折れますが、やり甲斐もあります。自分で言うのもなんですが、面白い本になりそうです。

(岩波文庫1952年)

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2014年9月24日 (水)

ジョセフ・ヒース『ルールに従う 社会科学の規範理論序説』

こういうタイトルと副題なら、私の専門分野からして読まないわけにはいかないという本ですが、まあ、一般の読者には本文だけで500ページを超えるという大部ですので読み通すのがつらいだろうと思います。

ただ、読み始めると訳文がこなれていて読みやすかったのは助かりました。

本書の帯にあるように「道徳性こそ合理性の根本に存在する」というこれだけ読んでも納得したくなるような主張の本ですから、論旨も明解ですが、どういわけか退屈でした。

もう少しコンパクトで折に触れて印象深いエピソードや実例を交えて書けないものかと思いましたが、あちらの学者さんは兎にも角にも注釈だらけの分厚い本を書かないと認められないという事情があるのかもしれません。

本書の内容なら一般読者にとっては、ギルボアとトマセロを読んでおけば、十分という気がしますが、どうでしょう。

社会科学系の研究会なんかに行かなければならない場合、新進気鋭の若手が書いた意欲的な研究書ということで、本書はやはり読んでいなければ馬鹿にされるかもしれませんね。

私の場合、ど真ん中の専門ではないのが幸いでした。くわばらくわばら。

(瀧澤弘和訳NTT出版5800円+税)


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2014年9月21日 (日)

ジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』山形浩生訳

都市が一種の生き物のように複雑なシステムであり、コミュニケーションとネットワークが活発になればそれだけ快適な住み心地が実現されるということを、アメリカの諸都市を例にあげながらうまく論じた本です。

都市および制度設計に関する様々なヒントが散りばめられていて参考になります。創発的な秩序という考え方も刺激的ですし、大都市と田園都市がお互いに近くにあって支え合う関係などは、著者の他の本でも都心とその後背地という形で展開されていますが、ここに登場するのがその萌芽的な形なのかもしれません。

これから空き家が増え、都市でもお年寄りの買い物難民が発生してきている日本社会にとって、ジェイコブズのこの予言的な書物から学べることはたくさんありそうな気がします。

(鹿島出版会3300円+税)

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2014年9月17日 (水)

マルクス『ゴータ綱領批判』望月清司訳

久々の重版で入手。昔読みそこなっていた本です。

マルクスは過激な思想家なので、国家補助なんかに目もくれずに国家の解体を目指します。それも無理しなくても歴史の必然としてそうなると信じています。

エンゲルスの解説にあるように、補助金によって政治的差配をしようなんてラ・サール主義者みたいなことをやってはいけないのです(78頁)。

マルクスは天才的なアジテータでもあるので、理想的な労働環境が実現し「協同組合的な富がそのすべての泉から溢れるばかりに湧き出るように」なるなんていわれると、根拠は何も示されていないのに、そんなことも起こりそうな気がしてきます。

たたみかけるような口ぶりも、まるで預言者のようです。このあたりも彼の魅力の一つなんでしょうね。私はパスですが。

いずれにしても、マルクス本人と、その後の国家についつい期待してしまうマルクス主義者たちとの違いがよくわかる本です。

マルクスは「綱領」ではぬるいこと全然言ってません。当時も(今も)きっと相当の変人であったことだけはまちがいなしです。

(岩波文庫2014年660円+税)


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橋本治『古典を読んでみましょう』

さすがに橋本治だけのことはあって、単純な入門書ではありませんでした。

古典は訳がわからず面倒くさいものだというところを否定せずに、だからこそ、その今とまったく違った前提や状況そして、古人の発想を探りながら「読んでみましょう」という本です。

この中に出てくる御伽草子の浦島太郎の話には驚かされました。昔何気なく読んでいたつもりでしたが、あらためて紹介されるとびっくり。浦島太郎がジジイじゃなくて鶴になっていたんですね。

この他、慈円の『愚管抄』が和漢混淆文の始まりで、勉強不足で漢文を読めない人のために書かれていたのが、日本語の文章の主流になっていくという画期的な本だったということも参考になりました。

日本語の多様なスタイルをあらためて意識しながら、頭の可動範囲を広げるためにも古典を読みましょうという著者の主張には、ほんとうに自由にものを考える人の姿勢がうかがわれて、そこが一番素敵だなあと思いました。
(ちくまプリマー新書2014年860円+税)

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