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2014年12月30日 (火)

マルティン・ルター『新訳 キリスト者の自由・聖書への序言』石原謙訳

いわゆる信仰義認論が展開されているルターの代表的な著作の一つです。キリストに対する信仰が呼び覚まされるのは律法や行いではなく、正しい説教が「私に語られ」「理解されたとき」という箇所(31頁)が印象的でした。

聖書の言葉とその理性的解釈こそが信仰の核心になるという議論は、このあたりに始まると理解していいのでしょうか。

律法や行いではないと言いながら、後に現世での禁止規範はプロテスタントのほうがカトリックより厳しくなるのも興味深いところです。新訳はもちろん、旧約聖書まで綿密に読み込む結果なのかもしれません。

それにしても、ルターの修辞法を駆使した論争的なスタイルとには理性と情念が同居してせめぎ合っている感じがします。この一種の獰猛さには当時のカトリックも相当驚かされたのではないでしょうか。

(岩波文庫1955年480円+税)

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