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2016年7月

2016年7月 8日 (金)

高山正之『歪曲報道 巨大メディアの「騙しの手口」』

いつものように驚かされる情報が満載です。

特に3章と4章は諸外国の戦争プロパガンダの実態や、朝日新聞の記事捏造の歴史がわかります。

旧ユーゴスラヴィア紛争の経緯も、あ、そういうことだったのかという発見があります。こんなにわかりやすくていいのかと思うと、検証してみたくなります。

実際、著者はちゃんと出典を明示して論陣を張るので、気になる本や情報源はこれからフォローしてみようと思います。

とりあえず以下に列挙して備忘録にします。

ポンソンビー『戦時の嘘』
アンヌ・モレリ『戦争プロパガンダ10の法則』
楊海英『凶暴国家中国の正体』
ベバリー・アレン『戦術としての強姦』
筑摩書房『記録現代史 日本の百年 9』
「捕虜尋問リポート49」

(新潮文庫2015年520円税別)

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2016年7月 6日 (水)

島田裕巳『殺戮の宗教史』

宗教による殺戮の歴史を押さえておくのに有益な本です。

アルカイダやISが宗教的テロリズムを毎週のように行うようになって、イスラム教徒以外の人間はすべて殺すと言われてみたりするとは思いもよらなかったのですが、1997年のルクソール事件を思えば、事実はすでに先行していたのかもしれません。

本書は宗教史的事実を確認し、根拠となっている聖典の記述も丁寧にフォローしたありますので、一連の事情の正確な理解に役立ちます。

多神教徒を殺せと神が命じた箇所も、その前後を見てみると、いつでも皆殺しにしたというわけでないことがわかるように、著者はきっちりと引用してくれています。(94頁)

一神教について、著者は一神教だからこそ神が偏在すると見ています。

「神が偏在するということは、つねに神の存在は意識されているわけで、人の暮らしは神と無関係には成立しない。人の暮らしは神と無関係には存在しない。神は、人の暮らしを見守り、それを守ってくれる。だがそれは、日々神に縛られた生活を送っているということでもある。多神教と一神教とを対比させて考えたとき、この点での違いが大きい。それこそが決定的な差異であるとも言える」(129頁)

これはなるほどと思わされました。多神教というのは神様がたくさんいるようでいて、少なくとも今日の日本人の意識のうちには偏在していないようですしね。

その一神教の神は人間が逆らえばノアの時代の大洪水のようにいつでも人びとを滅ぼすことができますし、カナンの地に住んでいた異民族を全員殺せって命令してくるわけですから、神様の感覚が違い過ぎます。

キリスト教にはゾロアスター教やマニ教の影響で善悪二元論の影響力が影を落としており、これがまた悪魔を全て滅ぼすという動機になってしまいます。

中世ドイツの魔女狩りで犠牲になった人は人口の7%に上ったそうですから、そうやてみると今は統計上ははるかに幸せな、いい時代なのかもしれません。

そもそも、旧約聖書の十戒では殺すなかれと言いながら、他のところでは殺せと命ずる神様ってどうなのという疑問は当然出てきますし、著者は「ユダヤの同胞に対する殺人を禁じたもの」ではないかという仮説を提示しています(219頁)。

なるほどそうかもしれませんが、この辺りはC.S.ルイスが別のことを指摘していたので、今度論文にまとめるつもりです。

(東京堂出版2016年2,200円+税)


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2016年7月 4日 (月)

石井郁男『はじめての哲学』 ヨシタケシンスケ・画

ヨシタケシンスケの絵に惹かれて買っちゃいました。

本の内容に絡んで、絵本のように面白いことになっているんじゃないかと期待しましたが、気の利いた挿絵ではあったものの、あくまで挿絵でした。

本の内容は哲学者14人の伝記的事実を中心に描かれた入門書で、思想のエッセンスはちょっとだけ書かれているという、それはそれでユニークな入門書でした。

哲学者の伝記的事実は、たいてい世界の名著シリーズの巻末解説などを読む程度で、それ以上調べることもあまりないのですが、本書はその伝記から哲学に入っていこうというところがユニークです。

読んでいてあらためて勉強になることがいくつも出てきました。

ソクラテスの最後の言葉や、プラトンがソクラテスの死に際して「目がくらむ思いをした」と言っていたこと、デカルトの旅から度の人生、カントは旅をしませんでしたが、哲学の勉強には「旅行記を読め」と言っていたことなど、いろいろ考えさせてくれます。

ダーウィンやデューイがとりあげられているところもユニークでした。ダーウィンは人種差別を絶対に認めない人だっととか、デューイが社会の多様性とコミュニケーションを進歩の要因ととらえていたことなども、興味深い指摘でした。

(あすなろ書房2016年1,400円+税)

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2016年7月 2日 (土)

清水義範『考えすぎた人 お笑い哲学者列伝』

本屋でそのタイトルを見かけて、買わないわけには行かなくなり、久しぶりに清水義範の本を読みました。

滅法面白かったです。

古代ギリシアから現代に至るまでの代表的哲学者の思想と人生が、ユーモア小説として茶化されているはずなのに、妙なリアリティと愛情を持って描かれています。

あとがきにあるように、著者は「この小説集で取り上げた哲学者たちの思想を、私はすべて理解しているとは言えない。真面目に勉強したのだが、ギブアップなのである」(320頁)とあります。

でも、ギブアップというのは28冊もの参考文献を読んでのことですから、やっぱり、そのまま受け取るわけにはいきません。思想と伝記的事実が絶妙にからみ合って小説化されています。

ヘーゲルの弁証法的痴話喧嘩では、奥さんが次第にヘーゲルの弁証法的な言い方に慣れてきて「一度は否定しても、結局は否定の否定、つまり肯定するのだから、話の真ん中をきいていなければいいのだ」(180頁)と得心するところなんか、笑えるけど、本当にそうだったような気がしてきます。

ハイデガーのところはハイデガーにインタビューする編集者に付き添う西原理恵の文体模写が見事で、オチもなかなかです。

ウィトゲンシュタインの章は「理解しえぬ哲学者については、沈黙しなければならない」って、できることならウィトゲンシュタイン本人に聞かせてあげたいような台詞です。

哲学者って変なやつだということが、リアルにわかる気がしてくる不思議な本です。

(平成27年550円税別)


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2016年7月 1日 (金)

吉本ばなな『イヤシノウタ』

何気ないように見えなくもない日常の生活をじっくり味わい、観察し、熟考して書かれたエッセーです。

心にしみます。

考えて言葉に表していることと、その言葉の先に著者自身にもひょっとしたら見えてはいないかもしれない(けれど感じている)世界の広がりと深さは相当なものです。

お父さんの魅力もそういうところにあったので、いいところを受け継がれたんだなあと感心させられます。

お父さんの難しい文章ではなく、それに先立つ感じ方と、ものの見方を受け継がれたんでしょうね。

何の変哲もなさそうで、いいリズムのある文体は真似できません。いわく言いがたいところに手が届いてくる感じです。

こんな風に文体と思考が一致している人って意外といないもんです。地に足がついていて、かつ深いのが魅力的です。

何度も読み返したくなる本です。

(新潮社2016年1400円税別)

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