2010年11月28日 (日)

外国語を学ぶ人へ(通信教育部生向けのエッセー)

 今から30年くらい前のわが国の文科系の大学院では、外書購読の授業がほとんどで、当時大学院生だった私も毎日ドイツ語か英語の予習ばかりしていた記憶があります。博士課程の入学試験でも2カ国語が課されるところが多く、先生や先輩たちから訳文の誤りを指摘されたりしながら、博士課程入学時には、皆どうにか最低二カ国語は読めるようになっていました。
 私の場合は学部時代にフランス現代思想に凝って語学学校に通っていたことと、ハンガリーの法思想史を専門にし、ハンガリーに留学したこともあって、結果として4カ国語が何とかできるようになりました。
 最近は新しい外国語を学ぶ意欲も薄れてきましたが、わけあってロシア語の初級文法と不得意なドイツ語会話を勉強中です。それと、二年後に海外で学会発表をしなければならなくなったため、英語力の一層の向上ということが新たな課題になってきました。
 そのため今でも仮に魔法のように効率的な外国語学習法があるなら、是非とも知りたいと思っています。しかし、いくら効率的といっても、ある朝目が覚めたら外国語がペラペラになっていたなどというムシのいい学習法はさすがにありません。
 私の友人知己には10カ国語以上できる語学の達人が何人かいますが、そうしたポリグロット(多言語所持者)たちに共通するのは結局のところ勤勉さということに尽きるようです。
 ただ、私自身の外国語学習のささやかな経験をもってしても納得のいく効果的な方法は確かに存在します。
 以下に私のお勧めの外国語学習法を参考文献とともに挙げておきます。
1. 木田元『闇屋になりそこねた哲学者』(ちくま文庫)
 著者は農林専門学校時代に突然哲学に目覚め、英語を独習して東北大学に入学しますが、そのとき以来の独習法です。毎日8時間、3ヶ月間集中して学習したら、先生よりできるようになっていたそうです。その後大学生になってからは、毎年4月1日から6月30日までを「語学月間」にしてドイツ語、ギリシア語、ラテン語、フランス語を全部独学で習得したそうです。ハイデガーの『存在と時間』を読みたい一心でここまでマスターしてしまったという人です。
2. 斎藤兆史『英語達人塾 極めるための独習法指南』(中公新書)
 本書で設定されている英語の習得段階は日本人の最高レベルです。印象的なのは伝統的な学校英文法の重要性が強調されていることです。具体的なレベル診断から学習計画、そして教材選びのアドバイスに至るまで、実に行き届いた指南書です。ただし、達人への努力は一生ものです。本書の課題を全部こなすと10年かかります。
3. ロンブ・カトー『私の外国語学習法』米原万里訳(ちくま学芸文庫)
 著者自身5カ国語の同時通訳、10カ国語の通訳、16カ国語の翻訳をこなします。外国語学習の初日から読書を学習の中心に据えるというユニークな習得法です。ここでの読書にはあまり現代的すぎない文芸書を選びます。本書は週平均10〜12時間×2年間を学習に割くことができる平均的学習者を念頭に置いて書かれていて、通教生にはぴったりの設定です。
 本書のもう一つのいい点は、挫折した人のための一言があるところかもしれません。最後にその言葉を引用しておきます。
 「わたしたちが外国語を学習するのは、外国語こそが、たとえ下手に身につけても決して無駄に終わらぬ唯一のものだからです」(34頁)。
 とはいえ、できることなら上手に身につけたいものです。健闘を祈ります

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2009年5月25日 (月)

『キケロー弁論集』

 四半世紀以上前のことですが、ヒュームの人性論を読んでいて、キケロの弁論が注釈に引用されていたので、これは困ったなとつぶやいていたら、東大生のS君が翌週ささっと訳してレポート用紙に訳注まで付けてプレゼントしてくれました。当時彼は2年生だったと思いますが、未だかつてあれほど勤勉かつ博識で親切な人を見たことがありません。連絡が途切れて久しいですが、今頃どこで何をしているのでしょう。
 キケロの文章に触れるのはそれ以来ですが、ヨーロッパ人は高校でラテン語を習うとき、しばしばこれを読解教材とすると聞いています。こういうものが教養の基礎になっているとしたら、法廷での弁論の名手になる人が出てきても不思議ではないと思います。暗唱している人なんかもいるのかもしれません。
 日本人的な感覚でいうと、キケロは思いっきり目立ちたがり屋で、自画自賛も遠慮なく行なうので、政敵も少なくなかっただろうなと思いますが、特に「カティリーナ弾劾」において敵を追い詰めるときの迫力は半端ではありません。映画に出てくるアメリカの辣腕弁護士みたいです。
 それにしても当時の政情は政敵の暗殺や地域住民の虐殺、収奪が絶えないもので、この中で執政官という職務に就いていたのですから、改めて世の中は悪人だらけだったし、今も国際政治の現場は相変わらずその延長線上にあることがわかります。当時からそうですが、政治の実権がでたらめな人間に握られたら最後、その国は弱体化し、消滅するしかないようで、それは、企業社会でも同じですね。仮につぶれないとしても、従業員の自由は大幅に制限され、長期間にわたって辛酸をなめ尽くすことになるでしょう。
 実際、そんなでたらめな人間ほど執権を握りたいという欲望は並外れているのですから、周囲は気圧されて認めかねないところがあります。でもひとたび認めたりしたら、イランや北朝鮮のようになっちゃうんですけどね。

(小川正廣・谷栄一郎・山沢孝至訳岩波文庫2005年900円+税)

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2008年1月20日 (日)

成人式は町内会主催で

 ここでは、カテゴリーを変えて、読書だけではなくちょっと気がついたことを書いておきます。
 成人式のことです。今年の成人式は「荒れた」という報道は聞きませんでしたが、急に新成人がおとなしくなったとも考えにくく、もはや荒れることが常態化しているのかという気もするくらいです。大学の1~2年生を見ていると、基本的に人の話をちゃんと聞く習慣が身につかないまま18~19歳になってきている連中が少なくないため、成人式が荒れていなくても、お偉いさんの話は聞いていないだろうなとは想像できます。
 それで、以前から思っているのですが、成人式は自治体で大規模に開催するのではなく、町内会が主催することとし、神社の社務所の座敷や公民館などを会場にして、地域で新成人をお祝いするようにしたらどうでしょう。自治体もそれぞれに多少助成金を出したとしても今より安く済むはずです。地域でこれから成人として共同体に参入するという意識を持ってもらうため、一人ひとり自己紹介とともに新成人としての決意を述べてもらい、会食、歓談という成人式なら、成人となる意義も確認できるのではないでしょうか。

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