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2013年5月20日 (月)

プルスキと経験論

先に『法と市民社会の哲学』(1988年)におけるプルスキの哲学的考察の燦然と輝く数ページは、イギリス経験論哲学の流れをくむものだと言いました。

イギリス経験論といえば、ロックやバークレー、ヒュームあたりの名前が浮かびますが、実験や観察を重んじる科学的伝統ということでは、帰納法を重視したフランシス・ベーコン、あるいは中世のロジャー・ベーコンの思想にまでその源流をさかのぼることができると言われています。

今のところ私が確認できた限りでは、フランシス・ベーコンが『新機関』で述べている次の表現がポイントを突いているように思われます。

「推論によって立てられた公理系が新しい成果の発見に資することはありえない。というのも自然の繊細さは推論のそれを何倍もしのぐものだからである。だが、個々のものから正当に、かつ順序立てて作られた公理系は新たな個々の事実に至る道を容易に発見し、諸学問をいきいきしたものにする」(アフォリズム24)

第一原理から演繹して公理系を導き出してといった体系的方法は、神を第一原理とする中世の神学に端を発する方法論で、デカルトが無理やりそれに合わせて近代科学の方法を提示したのですが、歴史家のドーソンなどは、当時の科学者たちがこのデカルト的方法を揶揄し、実際にはイギリスの帰納的方法に向かっていったと述べています(『進歩と宗教』)。

おそらく当時の実態はそんなところだったのでしょう。何よりベーコンのいう「新しい成果の発見」を実際に成し遂げようと思ったら、とにかく何よりもまず直接に事物を観察するにこしたことはないからです。

さらに「自然の繊細さは推論のそれを何倍もしのぐ」という表現が、実に言い得て妙だと思います。

イギリスの思想的伝統は「理性」というものをどこかヘンだと思っているふしがあります。人の話が筋道だっていればいるほど「何かこれ、間違いでしょ」と疑ってかかる、ある種の感の良さというものが常識の中に組み込まれているように見えます。

その反対に「本物」にはどこか不均等で整然としない要素が必ず備わっているとも見ています。自然の事物を観察するとよくわかってくる話ではあるのですが、人間社会にもそれは当てはまるところがあります。

簡単な話、詐欺師は見るからにフレンドリーで理路整然とした内容を饒舌に語りますが、一流の専門家の話は何か無愛想な口ぶりで言いよどんだり、同じ所を繰り返してみたりしながら、実は上質の内容を伝えていたりするものです。

デカルトが理性は万人に与えられていると述べたのに対して、ロックはすかさず、では子どもや知的障がい者はどうすればいいのかと横槍を入れます。だからこそ「経験」を元に考えるほうが妥当だとくるわけです。

ヒュームは第一原因としての神を全面に出した議論の胡散臭さを感じ取って(デカルトなんかは隠しているだけにたちが悪いと見ていたんじゃないでしょうか)、そもそも因果関係自体を認めずに、そんなものは習慣の一種だと言ってみたりしますので、合理論的哲学の立場からすると瀆神的でもあり、とんでもない言いがかりをつける連中と考えられても仕方ないほどでした。

プルスキの思想は、明らかにこうした思想的系譜の中で培われたものです。精神と物質を二元論的に捉えて、精神が物質に影響を与えると考えれば、観念論ですし、物質が精神を成り立たせると考えれば唯物論です。

しかし、両者はどちらの原因でも結果でもなく、並行的に発展するというのは、それまでの西洋の理性中心主義的思考の流れを考えると、なかなか味わいのある思想です。

ヨーロッパも端の方に行くと、理性中心主義を疑うような流れがあちこちで出てきます。当時のオーストリア=ハンガリー二重君主国という括りで見ると、この地域は物理学者で哲学者のエルンスト・マッハの思想の影響圏という捉え方もできます。

マッハの思想は口の悪い人は「ヒュームの焼き直し」(坂田徳男)とまで言い切ってしまいますが、たしかに近いところは多々あるのも事実です。少なくとも、この地域で経験論的な思想が影響を与ええたとするなら、それはマッハを経由してのものだったということができます。

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