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2014年11月

2014年11月30日 (日)

ハンガリー学会発表レジュメ

12月13日に関西外国語大学で開かれるハンガリー学会年次学術集会で「ハンガリー法哲学派の意義」というタイトルで発表します。発表のレジュメのテキスト部分を以下に貼り付けておきます。長いですが、ご参考まで。

****************************

ハンガリー法哲学派の思想史的意義

-プルスキからビボーへ-

 

三苫 民雄

 

1 ハンガリー法哲学派

19世紀末から20世紀後半にかけてのハンガリーにおいて、次のような直接の師弟関係で連なる法哲学者の系譜が認められる。

1) プルスキ・アーゴシュト(Pulszky, Ágost, 1846-1901) 

2) ピクレル・ジュラ(Pikler, Gyula, 1864-1937) 

3) ショムロー・ボードグ(Somló, Bódog / Felix, 1873-1920) 

4) モール・ジュラ(Moór, Gyula, 1888-1950) 

5) ホルヴァート・バルナ(Horváth, Barna, 1896-1973) 

6) ビボー・イシュトヴァーン(Bibó, István, 1911-1979) 

彼らはいずれも個性的な思想家として当時のハンガリーの社会科学をリードしていただけでなく、英語やドイツ語等の諸外国語で発表された著作は、国際的にも高く評価されていた。その中でもプルスキの『法と市民社会の理論』(1888 年)はアメリカで、ショムロー『法律学的基礎原理』(1917 年)とホルヴァート『法社会学』(1934年)はドイツで、1970年代以降にそれぞれ復刊されている。また、1989年の体制転換以降のハンガリー国内において、この系譜に属する思想家たちの著作が相次いで出版されてきている。これをまとめると次のようになる。

 

 プルスキ・アーゴシュト Pulszky, Augustus,『法と市民社会の理論』(The Theory of Law and Civil Society, published in 1888, London, reprint edition, Connecticut, 1979

 2. ピクレル・ジュラ Pikler, Julius『客観的実在における信念の心理学』(The Psychology of the Belief in Objective Existence, London, 1890

 ピクレル・ジュラとショムロー・ボードグ Pikler, Julius - Somló, Felix,『トーテミズムの起源』(Der Ursprung des Totemismus, Berlin, 1900

 ショムロー Somló, Felix,『原始社会の財貨交通』(Der Güterverkehr in der Urgesellschaft, Bruxelles - Leipzig - Paris, 1909

 ショムロー Somló, Felix,『記述社会学の基礎のために』(Zur Gründung einer Beschreibenden Soziologie, Berlin Leipzig, 1909

 ショムロー Somló, Felix,『法律学的基礎原理』(Juristische Grundlehre, Leipzig, 1917, Reprint Edition, 1973

 ショムロー Somló, Felix,『第一哲学のための諸考察』(Gedanken zu einer ersten Philosophie, Berlin und Leipzig, 1926

 ショムロー Somló, Felix,『法哲学草稿』(Schriften zur Rechtsphilosophie, Budapest, 1999

 モール・ジュラ Moór, Julius,『権力・法・道徳』(Macht, Recht, Moral, Szeged, 1922

 ホルヴァート・バルナ Horváth, Barna,『法社会学』(Rechtssoziologie, Berlin-Grunewald,1934

 ホルヴァート Horváth, Barna,『法社会学の諸問題』(Probleme der Rechts- soziologie, Berlin, 1971

 ビボー・イシュトヴァーンBibó, István,『国際的諸制度の疲弊と再生』(The Paralysis of International Institutions and the Remedies, London, 1976

 ビボー Bibó, István,『東欧の小国の悲哀』(Misère des petits États d’Europe de l’Est, L’Harmattan, Paris, 1986, Albin Michel, Paris, 1993

 ビボー Bibó, István,『民主主義・革命・自己決定』(Democracy, Revolution, Self-Determination, New York, 1991

 ビボー Bibó, István,『ドイツのヒステリー』(Die deutsche Hysterie  Ursachen und Geschichte, Frankfurt am Main und Leipzig, 1991

 

 ハンガリー法学派の特徴

Ø 二元論的アプローチ、あるいは伝統的法学的思考法

Ø 自由主義的法思想:非マルクス主義的

Ø 不幸な晩年

Ø 継承者たち Nagy J. Endre, Zsidai Ágnes

 

2 二元論的アプローチ:存在と当為の理論

法思想史上の主な登場人物

² 法律家…社会規範と現実との折り合いをつけようとする(利益衡量)

² 思想家…世界のすべてを自分の理論で説明しようとする(世界支配)

² 科学者…神秘的な自然界の法則を発見し、証明する(発見と創造)

*政治家と官僚と職人と芸術家の話は置く

 

 思想家と科学者は近代に入って神への栄光を称える役回りを解かれると、徐々に理論を自律のものとして考えるようになってくる。

 法律家は昔から常に規範と現実の狭間で割り切れない思いに苛まれてきた。

 ちなみに、新カント派法哲学派はこの問題を存在(Sein「ある」)と当為(Sollen「べき」)の二元論として理論的に把握しようと務めてきたし、ハンガリー法哲学派にもこの新カント派の影響は色濃く影を落としている。

 もっとも、共同体の規範に関わる人びとは、呪術師であれ、律法学者であれ、預言者であれ、常にこの「ある」の論理と「べき」の論理との折り合いの付け方に悩まされてきた。
 近代に入ると、思想家は自分の理論で世界が整合的に説明できたらさぞかしいいだろうという夢想を、科学者は世界の秘密の鍵を見つけたい欲望を隠そうとさえしなくなる。

 

 ところで、思想史上では論理のあり方はどのように変わってきたのか。

 

3 信仰の時代

・ 「はなはだ楽天的で、十分な根拠もないのに楽観主義的な解答を受け入れていた」時代(フランシス・A・シェーファー『そこに存在する神』多井一雄訳いのちのことば社昭和4616頁、Francis Schaeffer, The God Who Is There

 

 1890年代より前のヨーロッパ、1935年以前のアメリカでは「彼らはその諸前提が真であるかのように思考し、かつ行動していた」(同頁)

 

1) 絶対的なものが実際に存在するという前提

2) それに基づく反定立(アンチテーゼ)、つまり「もしAというものが存在するならば、それは非Aではない」(“A is A” and “If you have A it is not non-A”)

 

 あるものが何であるかについては意見を異にするようなことがあっても、「もしあることが真であるなら、その反対は偽りである」(17頁)という議論は成立した。

 たとえば、非キリスト教徒や無神論者に対しても「善良であれ」と語ることができたが、今日ではこの言葉は「無意味」となってしまう。

 

4 転換点:信仰から理性へ

 1)デカルト(1596-1650

・有名な「われ思う、ゆえにわれあり」は、「考える私」=「理性」を絶対確実な真理として、世界を客観的に推論していく出発点となる。

・ただし、デカルトが具体的に取り組んだ物理学などの科学理論は当時まったく受け入れられなかった。むしろ科学の現場では、デカルト以前から影響力のあったベーコンの帰納的方法と、その後登場したニュートン物理学に軍配が上がる。

・デカルトの提唱する《理性の力に対する信頼》だけは後世に強い影響力を及ぼし続ける。それは科学のみならず世の中の現実的諸問題について、絶対的かつ合理的な基準によって判断されるべきだという一種の思考形式として18世紀の啓蒙主義の時代から19世紀初頭のロマン的理想主義、19世紀後半の科学的唯物論や進化論的科学主義といった様々な思潮の中にも脈々と受け継がれ、今日に至る。

・デカルトの新しさと古さ 

 「私は考える、ゆえに私はある」(Je pense, donc je suis.[i]

 「私が真理を言明していることを私に確信させるものは、考えるためには存在せねばならぬということをきわめて明晰に私が見るということより以外に、まったく何もない」[ii]

 

私の理性の根拠は私の存在ということだから、《われ思う、ゆえにわれあり》という第一原理において、《思う》ことは《ある》ことの根拠だが、《ある》ことが《思う》ことの根拠でもあるという同語反復になっている。

 

  「私は考える」

  「考えるためには存在せねばならぬ」 

  ∴「私はある」

 

 これを図解すると、

         [図は省略]


        図2 「存在」の三段論法

 ということになる。

 つまり、「われ思う限りにおいて、われあり」ということを「きわめて明晰に私が見る」ということで、このときの「私」が、この一連の事情を客観視できる立場にいる「私」cogito である。

 この理性によって認識できた客観的で抽象的な存在は本来の私の存在を必要としていないばかりか、私の理性の根拠にもなってくれるわけではない。⇒例えば三平方の定理は人類が消滅してしまっても、その正しさは揺らがないが・・・近代の不安、あるいはポストモダニズムへ

 こうした神を冒涜しかねないような同語反復を成り立たせているのは、少なくともデカルトにとっては「私が存在する」ことへの信頼であり、その根本にある伝統的な神への信仰である。

事実においても神が存在しているのでなければ、現にあるような本性をもつものとして、つまり神の観念をうちにもつものとして、私は存在することができない、と私が認めることである」[iii]

神が私を創造したというただこの一つのことから、私が或る仕方で神の像と似姿にかたどって作られたということも、また神の観念をうちに含んでいるこの似姿は、私が私自身を知覚する場合と同じ能力をもって私によって知覚される」[iv]


  [図は省略]


・聖書の根拠

旧約聖書の出エジプト記3章に神に召命を受けたモーゼがイスラエルの民に告げるために神の名は何かと尋ねる箇所で、神は「わたしはある」という者だと答える(新共同訳「出エジプト記」3−14)。この「わたしはある」はフランス語の聖書で《Je suis》(英語の《I am》)と訳される。これは「私は考える、ゆえに私はある」の「私はある」とも同じ表現。

 いずれにしても、理性は神に通じ、神の後ろ盾を得ている、という論理であり、この論理自体はキリスト教と矛盾しないどころか極めてキリスト教的な発想であることがわかる。すなわち「神は創造する」という一点さえ認めるなら(つまり信仰するなら)、「私は考える」はそれゆえに「神はある」に帰結する。

 

2)デカルトよりもベーコン(1561-1626

ベーコンの場合はデカルト以降の人びとのように、「知性 understanding」というものに絶対の信頼を置いていない。ベーコンは、

 

「知性は指図され助けられない限り事物と釣り合わず、事物の曖昧さに打ち克つことはまったくできない」[v]

 

いう。人間の知性が信頼するに足りないからこそ、あの正しい判断を妨げるという有名な「イドラ説」も生まれてくる。

さて、そのベーコンの『ノヴム・オルガヌム』における注目すべき着眼とは、次のようなところに示されている

 

「推論によって立てられた公理系が新しい成果の発見に資することはありえない。というのも、自然の繊細さは推論のそれを何倍もしのぐものだからである。だが、個々のものから正当に、かつ順序立てて作られた公理系は新たな個々の事実に至る道を容易に発見し、諸学問を生き生きしたものにする」(下線筆者)[vi]

 

 ここでいう「自然の繊細さ the subtlety of nature」というものに着目しているところがベーコンの帰納法の特徴である。そして、この「推論の繊細さを何倍もしのぐ」という自然の繊細さに直に触れ、それと対話をすることこそが、帰納法が依拠している実験・観察のもっとも重要な点であり、発見の論理へとつながってくる。

 実際のところ、科学的探求の現場においては「自然の繊細さ」というポイントさえ外していなければ、実は演繹法であろうと帰納法であろうと大差ない。そもそも演繹法も帰納法も実はお互いに対立し、排除しあうのではなくて、両者が前提とする二つの形而上学的観念、つまり「自然界の斉一性」と「因果性原理」においては相互補完的な関係にあるからである

 

3) ルター1483-1546 「聖書に返れ」

・理性によって聖書に返ること

「ルターが『諸君は聖書そのものにより、あるいは道理にかなった理由によって余の説に反対すべきである』という言葉をはっきり述べてから、人間の理性に聖書を説明する権利がみとめられるようになり、その理性が宗教上のすべての論争の最高の審判者とみとめられることになった」( ハイネ「ドイツ古典哲学の本質」伊東勉訳岩波文庫 71頁)

 

4)カント(1724-1804

・物自体は理性では認識できない(が、実践を通じて実現できる)

満天の星空とわが心の内の道徳律:「私の上なる星を散りばめた空と私のうちなる道徳的法則」(『実践理性批判』岩波文庫317頁)

*「ある」と「べき」の二元論的理解:科学たらんとすること

 

5 論理の転換点:ヘーゲル(1770-1831

・存在に当為を組み入れてしまう。

 

「概念は一面から云えば主観的であるが、また一面では客観的である。理念(Idee)は主観的なものと客観的なものとの統一である」(『形而上学入門』岩波文庫158頁)

 

「理念は十全な概念(der adäquate Begriff)である。そこでは客観性と主観性は同じである)290頁)

 

「理念は、これをさまざまの仕方で理解することができる。それは理性であり(これが理性の本当の哲学的意味である)、さらに主観即客観であり、観念的なものと実在的なもの、有限なものと無限なもの、魂と肉体との統一であり、その現実性をそれ自身において持っている可能性であり、その本性が現存するものとしてのみ理解されうるものである、等々。なぜなら、理念のうちには悟性の相関のすべてが、無限の自己復帰と自己同一においてではあるが、含まれているからである」(212頁)

 

 因果関係に基づくのではなく、定立と反定立の相関関係による「総合」の中に答を求めること

 「ヘーゲルは彼以前の直線的な思考を除去して、それを三角形に置き換えた」(シェーファー28頁)

 

①形式論理ではできなかった物事の変化や歴史を語ることができるようになった。これは具体的には論理に時間を組み入れることで可能となる。

②反定立の側には何を持ってきても論理として成り立つという事があり、そこに恣意性が入り込む。

 

 弁証法論理なら一つの過程に対する対立項を恣意的に選択し、その中で論者の意図する方向に時間と行動をセットすることで、過去から将来にわたって整然とした理性と情熱的な人類愛の物語を紡ぎ出すことができる。

 この論理はマルクスに受け継がれ、さらに多くの人びとを動かす力を獲得することになる。

 他方でこの弁証法論理は、新たな社会を創造するべしという宗教的情熱によって支えられているともみることができる。

 

6 「ある」の論理と「べき」の論理

 「私はある」という絶対の存在〈神〉が人間をお創りになった=神学あるいは存在の形而上学

 「絶対者の観念を持つことができる〈私〉は神の存在の証拠」=考える私(デカルト)

 「ある」と「べき」は考えても一致しないが、行動では一致しうる(カント)

 「考えることと神の摂理は同じ」・・・「べき」の論理で「ある」の論理を語る(ヘーゲル)

 

7 ハンガリー法哲学派の意義

 対話的=コミュニカティブな正義

 存在に由来する当為

 文化と歴史

 進化論的視点

 制度設計への道

  

 


[i] デカルト『方法序説・情念論』野田又夫訳、中公文庫、昭和49年、43頁。Descartes, Discours de La Méthode avec Introduction et Notes Par Étienne Gilson, Paris, 1970, p.89.

[ii] 同書44頁、Ibid, p.91.

[iii] 『省察』桝田啓三郎訳、『世界の大思想7 デカルト』河出書房新社、1969年、169頁。OEuvres de Descartes, Meditations, traduction française IX-1, Librairie Philosophique J. VRINParis, 1989, p.14.

[iv] 同書168頁。Descartes, Ibid, p.14.

[v] Bacon, Sir Francis, Novum Organum, Summary of the Second Part, Digested in Apholisms, 21., In: The Works of Francis Bacon, Vol. III., A Hart, Late Caray & Hart, Philadelphia, 1852., p. 346.

[vi] Bacon, Apholosms, 24., In: op. cit., p. 5.

2014年11月 3日 (月)

愚かな人びと1(定義)

現在執筆中の社会心理学の教科書で「間違い」が改善や成功へのステップであったりすることを論じたりすることと並んで、愚かな人びとのサンプルを集めています。

サンプルは私のまわりでも大勢観察できますが、放っておくと忘れてしまうかもしれませんので、このブログを使って少しずつ書き留めておくようにします。

ここでいう愚かな人びとというのは、たいてい自分のことは人並み外れて頭がよく、自分を中心に世界が回っている(べきだ)と思っている人で、大いなる勘違い野郎(男だけではありません)のことです。

少しでも権力を使える地位につくと、とたんに威張りだし、決まって小賢しいことやあこぎなことをしでかしてしまいます。しばしば自分のプライドを維持するために臭い演技をし、小細工を弄したりしますが、挙動が不自然すぎてすぐに尻尾を出すどころか、最初から尻尾を隠さずにえげつないことをしたりします。

こうして馬鹿な行動はすべて造作なくバレてしまうため、周囲からは鼻つまみ者ですが、本人としては人望が厚く、周囲から尊敬され、好かれているくらいに思っていたりします。

上司にうまく取り行って出世するタイプもあれば、演技が下手でかえってマイナス評価されてしまうタイプもあって、人さまざまですが、職場や同僚に友人がいないことだけは共通しています。

この点では抜け目のないサイコパスとはまったく違って、むしろ隙だらけですが、自己愛が強いところはサイコパスとも共通しているかもしれません。

次回から実例を少しずつ書いていくことにします。

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