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2018年4月

2018年4月22日 (日)

私の研究歴

学園内広報誌に書いた原稿をこちらに再掲しておきます。
このブログにはしばしばこういう形で載せていますのでよろしくどうぞ。

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 私の元々の専門は法哲学ですが、大学院に入った当初はフランス社会学のデュルケームやモースの民族学・人類学的業績を、オーストリア出身の法哲学者、ケルゼンの根本規範の問題と重ね合わせて考えてみたいと思っていました。構造主義やその後のポストモダニズムの思想家たちが登場してきたところでしたので、当時流行の現代思想の影響も受けながら、研究テーマを設定しようとしていました。

 大学院入試の際の外国語科目を英語ではなくわざわざフランス語を選択して受けたのも、指導教授のN先生がフランス哲学畑だったことと、将来のフランス留学を視野に入れていたからです。学部のころにはフランス語会話と読解の授業でそれぞれいい先生に巡り合っていたこともあり、フランス哲学・思想・文学はよく読んでいました。

 というわけで、当時はフランスに留学する気満々だったのですが、それがどういうわけかハンガリー研究を専門とするようになってしまいました。なぜこういうことになったのかについてここで述べようと思うのですが、これにはいろいろな偶然と幸運が重なっています。

 当時の大学院修士課程の同級生が同じ法哲学専攻で私の他に三名いて、その三名は皆私の指導教授預かりで、実質は当時助教授の経済人類学者K先生の学生でした。それで、私も元々講義に出ていたK先生とは面識があったこともあり、ゼミや研究会に誘われて顔を出すようになったのですが、その中でハンガリーのとある法哲学者の研究を勧められ、その話に乗ったはいいものの、そのまま乗り続けて今日に至ているという次第です。あとでわかったのですが、K先生は指導下の学生にはほぼ全員といっていくらいにこのハンガリー研究を勧めていたそうです。ただし、この話に真面目に乗ってハンガリー語講座に通ったりしたのは私だけだったようです。

 ハンガリー語の文法の学習も一通り終え、博士課程に入った二年目の春に、育英会の奨学金がまとめてもらえる時期でもありましたので、大韓航空の格安航空券を調達し、三ヶ月ほどハンガリーに行ってきました。当時のハンガリーは社会主義体制で日本の一〇分の一ほどの生活費で暮らせたこともあって、旅行者にしては長く滞在できました。現地では研究者に会ったり、文献を集めたりして過ごしました。帰りの飛行機をパリ発にして、パリにも一週間ほど滞在してきました。

 翌年の同時期も同じような数ヶ月を過ごしていたのですが、その翌年の一九八七年から三年間は幸いハンガリー政府給費留学生として正式に留学することができました、留学期間中に博士論文も執筆・提出し、帰国前日に口頭試問というぎりぎりのスケジュールでしたが、いろいろな人のお陰で充実した留学生活を送ることができ、今でも感謝に堪えません。

 一九九〇年に帰国して大学院に戻りましたが、その後大学の非常勤講師や日本学術振興会特別研究員を経て、知人の紹介で当時の名古屋法経専門学校堀田校にお世話になり、二〇〇二年からは短大で教えるようになって今日に至ります。

 これまで論文や著書を通じて研究成果を発表してきましたが、最初に私が関心を持ったデュルケームやモースの社会学、人類学、ケルゼンの法哲学はハンガリーの法哲学思想史の中でも実際に重要な役割を果たしていたことがわかり、すべての研究が実はつながっていたことに今更ながら驚かされています。当時のK先生は「フランスなんか行ってもダメだ。ハンガリーに行くと国家が見えるんだ」とおっしゃっていましたが、直感の鋭い人ですので、根拠不明ながら、おそらく何か感じるところがおありだったのでしょう。結果としてフランス社会学にも広がりのあるハンガリー法思想史研究が可能となりました。そして、今現在はケルゼンとハンガリーの法哲学者ショムローとの関係についての考察に取り組んでいるところですから、当初研究してみたかったテーマに戻ってきたような感じです。

 法哲学の理論的研究としては、法的判断を下す前提となっている様々な価値基準の問題に取り組んでいます。これは簡単に言って、人間の文化的あるいは宗教的偏見や「間違い」についての研究です。社会心理学や行動経済学、意思決定理論や進化心理学の最新の研究成果も積極的に取り入れるようにしています。人間は間違う生き物だということを前提にした制度設計が広く行われるなら、間違いを将来に活かせるだけでなく、人びとが過度のプレッシャーから解放された、より生きやすい世の中になるのではないかという期待と希望を持って研究に取り組んでいます。

【主要著書】
『歴史の哲学、哲学の歴史―ことばの創造力』(中部日本教育文化会2017年)
『間違いの効用-創造的な社会へ向けて』(ふくろう出版2015年)
『価値と真実-ハンガリー法思想史1888-1979年』(信山社2013年)
『権力の社会学-力が生まれるとき』(ふくろう出版2012年)
『人びとのかたち-比較文化論十二講』(ふくろう出版2011年)
『法と道徳-正義のありか』(日本出版制作センター2009年)
『行政法 クロネコ起業物語』(コンポーザーズアーカイブ2005年)
『人と人びと-規範の社会学』(いしずえ2003年)

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